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互いにわだかまっていた光と闇が、正面から激突した。 マンフロイは幾度となく闇を繰り出すが、それはシャナンが揮う神剣から生じる光によって打ち消され、また、シャナンの剣から生じる光もまた、マンフロイの闇に阻まれていた。 「ぬぅ……まさか、たかがオードがこれほどの力を……」 マンフロイは少なからず焦っていた。暗黒神に限りなく近い力を得たはずなのに、目の前にいる剣士は、その自分と互角に戦っている。 確かに、ただの剣士ではない。剣聖オードの直系である、イザークの王子シャナン。その実力は、帝国軍のいかなる戦士の実力をも上回る、と云われていて、それが事実であることはマンフロイも認めていた。 しかし、所詮は剣士のはずだ。絶大なる暗黒神の力に抗うことなど出来るはずもない。そう思っていた。 だが、目の前の剣士は、暗黒神の力に完全に拮抗し、そして攻撃を繰り出してくる。 暗黒の結界の影響を受けていないわけではない。それは間違いない。そうでなければ、恐らく一瞬でずたずたにされている。それだけの攻撃が炸裂しているのが、マンフロイには分かっていた。それ自体は不思議ではない。かつての聖戦士でも最強を謳われたオードの力を揮うのであれば、それは不思議ではない。 だが、暗黒の魔力を押し返す力というのはどういうことか。 剣で魔法を弾き返すことが出来るなど、いかにマンフロイでも聞いたことはない。 だが一方のシャナンも、表情にこそ出していなかったものの、戸惑いを感じていた。 自分からあふれ出る力と、そしてその力でもマンフロイを打ち破れない、という二つのことに。 シャナンが、神剣バルムンクを握ってその力を完全に解放したのは、実はこれが二回目である。 一度目は、神剣を手にした直後。あの石の番人を破壊した時。あの時、シャナンは神剣を握ったその時の勢いのまま力を解放し、たったの一撃であの石の巨人を砕いた。その時、シャナンが感じたのは歓喜ではなく恐怖だった。自分の中から湧き上った莫大な力の、その巨大さに恐怖したのだ。ゆえに、シャナンはそれ以後ただの一度も自分に眠る聖戦士の力――古代竜族の力を解放してこなかったのである。解放する時はただ一度。マンフロイと対峙する時と決めていた。 しかし今、聖戦士の力を完全に解き放っているにも関わらず、その激突は互角になっている。 (それとも、マンフロイの力が予想以上であるというのか……?) 確かに、マンフロイの力は予想以上に強大なものであった。かつてのマンフロイとは比較にならない。だがそれでも、マンフロイから感じる圧力は、今のシャナンなら圧倒できてもおかしくないと思える。 「くっ……おのれぇ!!」 マンフロイが、さらに力を絞り出すように、気勢を高めた。それに応じて、闇がより濃く、より深くなり、シャナンへと迫る。その圧力は、先ほどとは比較にならない。 「死ねぇ!!」 「くっ!!」 シャナンはそれを、真っ向から剣で受け止めた。衝撃が、腕のみならず全身を揺さぶる。 「ぐっ……!!」 「終わりだ、オードの末裔!!」 マンフロイが勝ち誇ったように叫ぶ。 そしてまた、シャナンもこのままでは敗れることを悟った。 力の源を外の贄から得るマンフロイに対して、シャナンの体力には限界がある。それが、ここへ来て響き始めたのだ。 「ふははははっ。思えば貴様とは、昔より因縁があったが、やはり最後はわしが勝利するようだな!!」 精神的に優位に立ったマンフロイは、さらに強力な力を注ぎ込んでくる。 シャナンの既に腕は悲鳴をあげ、今にも剣を取り落としそうなほどだった。かくなる上は、多少の被害を覚悟してでもこの攻撃を回避し、懐に飛び込むしかない。 その時。 『ねえ、シャナンの剣って、きれいよね』 その言葉は、不意に脳裏に思い出された。 あれは確か、フェイアにただ一度負けた、その直後だったか。 |
「ねえ、シャナンの剣って、きれいよね」 「え?」 時々、フェイアは良く分からないことを言う。シャナンは首を傾げてフェイアを見返した。 「あ、その、どういうのかな。凄くまっすぐっていうか。剣ってどうやっても戦いの道具のはずなのに、シャナンが揮うとまるで芸術みたいに見えることあるの。シャナンの心が光に溢れてるからかな、なんてね」 その時はそのまま流したが、実際、シャナンは自分の剣がそのような評価に値する剣だと思ったことはない。自分の剣は、復讐のための剣だ。その想いを、シャナンは一度も忘れたことはなかったのだから。 「私はダメ。つい、殺されたお母様とかのことを思い出して、剣が曇るの。おじいちゃんもいつも言うんだよね。『憎しみに囚われた剣では、本当の光とはなれない』って。それがなければ、私でも三星剣が使えるかもしれない、っておじいちゃん言ってたけど……でも、三星剣ってそんなに簡単なの?」 「そう言われてもなあ」 それ以前にオシーンの言う通りだとしたら、自分だって三星剣は使えないはずだが、シャナンはすでに流星剣はほぼ完全に操れるようになっている。あるいは、血族とそれ以外の人間では違うのかもしれない。 「シャナンはどうやって流星剣、覚えたの?」 この質問は予測してなかったので、シャナンは思わず腕を組んで考え込んでしまった。 「いや……別に覚えた、とかそういうんじゃないんだ。一度アイラに見せてもらったくらいで……あとは、本当になんとなく」 「……じゃあ私はそのなんとなく、で殺されかけたの?」 フェイアに初めて会った時、シャナンは倒れたオイフェや、セリス達を護るためにフェイアやオシーン相手に流星剣を繰り出したのだ。 あの時はオシーンが止めてくれたが、もし彼がいなければ、多分フェイアはシャナンに斬殺されていただろう。 「う〜ん。そう言われてもなあ。本当に、なんとなく、だ。一度見ただけで出来る気になるのは確かに不思議だけど、でも出来ないと思ったことはない」 「じゃあ、流星剣以外の三星剣も、見ただけで使えるの? シャナンは」 フェイアが期待するような眼差しでシャナンに迫る。 「そこまではわかんないよ、さすがに。ホリンが月光剣使えるって聞いたことあるけど、見せてくれなかったし」 するとフェイアは残念そうに引き下がった。 「な〜んだ、残念。そしたらシャナンに教えてもらおうと思ったのになぁ」 「それは怖いからダメ」 シャナンはくすくすと笑いながら言う。とたん、フェイアが不満そうな表情になってシャナンを睨んだ。 「なんでよっ」 「これ以上強くなられたら、私が困るから」 「なによそれは〜。いいじゃないの、けち〜」 |
しかし、実際にはシャナンは、月光剣や太陽剣は見る必要すらなかった。 月光剣を、シャナンはその本質を言葉で伝えられただけで修得し、スカサハ、ラクチェに伝授した。さすがに彼らは言葉だけでは修得できなかったが、それでも驚くほど修得は早かったと思う。 多分、イザークの、オードの血に刻まれた記憶なのかもしれない。 三星剣は本来、攻撃・防護・治癒の三つの奥義。シャナンはそれを、バルムンクを握ったことで知った。 だが、本当に会得したといえるのか。 オシーンの教えがシャナンの中に蘇る。 『憎しみに囚われた剣では、本当の光とはなれない』 だがシャナンは、マンフロイを憎まずにはいられない。そのために、これまで生きてきたのだ。 ――シャナン―― 不意に、声が聞こえた。あるいは、そんな気がした。 ――私たちのために、なんて考えなくていいのよ―― その声は、果たして誰のものだったのか。 それは、ディアドラのものであるようにも思われ、また、フェイアのものであるようにも思われた。 ――憎しみは、過去を想う力でしかない。今必要なのは、未来を拓く力。そしてそれを、あなたは揮うことが出来るはず―― (未来を――) ――そう。あなた本来の力を解き放って。そうすれば、あなたは誰にも、決して敗れることはない―― (……そうか、私はいつの間に……) 不意にシャナンは、剣を下ろした。遮るもののなくなった闇が、シャナンを容赦なく襲う。 シャナンの姿は、完全に闇に呑み込まれた。凄まじい爆発の余波が、拝謁室の申し訳程度に残った壁を、更に震わせた。 「ふはははははっ。これで終わりだ!! 所詮オードの剣士など、この程度よ!!」 ボロボロになった拝謁室に、マンフロイの哄笑が響く。だがそれは、長くは続かなかった。 「馬鹿笑いはそこまでにしておけ、マンフロイ」 爆ぜた闇と爆煙が晴れた時、マンフロイは驚愕の表情で固まっていた。ありえるはずはない。闇の魔法が、確実にシャナンを捉えた。手応えもあったというのに。 「どういうことだ、貴様、何をやった!!」 再び闇が踊り、シャナンに迫る。しかしシャナンは、微動だにせず、闇はシャナンを直撃――したかと思われたが、その一撃はシャナンをすり抜けて、背後の壁に直撃する。 「なっ……ば、ばかな……」 続けて放たれた攻撃も、その全てがシャナンに当たることなく――見た目には当たっているようにしか見えないのだが――すり抜けていく。 「お前の力では、真の三星剣の前では無力。そういうことだ」 「戯言を!!」 マンフロイが立て続けに魔法を放つ。だが、それらはやはりシャナンを傷つけることは出来ない。 「ば、馬鹿な……このわしの力が……」 「これで……終わりだ」 シャナンはゆっくりと神剣を上げ、その切っ先をマンフロイに向けた。 「む、無駄だぞっ。いかに我が力を受け流そうとも、貴様の力もわしには届かん!!」 だが、シャナンはその言葉にもまるで動じていなかった。 これまでの流星剣がマンフロイに届かなかったのは、同じ闇を――憎しみをぶつけていたからだ。同じ闇であれば、その力はマンフロイの方が強い。同じ闇で、マンフロイに勝てるはずはないのだ。 『憎しみに囚われた剣では、本当の光とはなれない』 そういうことなのだ。 (そうだな……私は、マンフロイをただ憎むこと、それだけで剣を揮い続けていた。だが……) 剣に光が集まる。そしてそれに応えるように、神剣が更なる力を、いや、本来の力を発揮しようとしているのを、シャナンは感じていた。 かざされたその剣の刀身が、翡翠の光に包まれ、やがて、まるでそれ自体が闇を引き裂くほどに強い光となっていく。 あらゆる闇を打ち払う力。それが今、シャナンの手の中にある。 マンフロイを憎む力ではない。マンフロイを倒し、その先にある未来を掴むために。 「さらばだ、マンフロイ」 「やめろぉ!! 神に逆らうなあ!!」 マンフロイは、これまでで最大の闇を繰り出し、突っ込んでくる剣士を阻もうとした。だが、オードの剣士はその闇をまるで意に介さず、突っ込んでくる。 そして。 光に包まれた神剣が、闇と、闇紫色のローブと、それを纏うものを斬り裂く。 さらに、剣から溢れた光が、その場にわだかまる闇を全て呑み込んでいた。 |
(ユリア!!) 全てが凍っていたはずのその場所に、突然、どこからか声がした。 いや、声ではない。それは、意志そのものの叫び。 呼びかけは、確かに自分に向けられたものだ。しかし、ユリアはそれを確認しようとして、その時になって自分の身に起きた全てを知覚した。 父との別離。変わり果てた兄との再会。突然突きつけられた運命。そして、その重さに耐え切れなかった時、自分は闇に囚われ、あろうことか、かつての仲間達にその力を揮ってしまった。 兄を殺すという運命。光の血族、ナーガの力を受け継ぐ存在としての責務。それは、か細いユリアには、あまりにも重過ぎた。 それから逃げられるのならば、と思った時、ユリアは闇にその身を委ねてしまった。その結果が、分かっていなかったはずはない。 (ユリア!!) もう一度聞こえた叫び。それは、ユリアにとって、今もっとも逢いたくて、そしてもっとも逢うのを恐れている人のものだった。 (スカサハ……) すぐ目の前に、スカサハがいるのが分かる。 手を伸ばして、触れ合いたい。だが、それが酷く戸惑われる。 その直後、スカサハに向けて魔法を放つ自分が見えた。続いて、兵士達に容赦なく魔法を撃つ自分も。 分かっている。これは『闇』が見せているものだ。自分の心を壊すために。だが同時に、それが現実であることも、ユリアには分かっていた。 (ごめんなさい……私は……もう帰れない……) (それじゃあ、俺も付き合うよ) (え?) 目を開けた時、目の前にスカサハがいた。周囲を見渡しても、白い闇がわだかまっていて、何も見えない。その中で、スカサハのもつ色彩だけが、ユリアにはとても眩しく感じられる。 (やっと、逢えた) スカサハはそのままユリアを抱き締めた。そのぬくもりは、間違いなくスカサハの、ユリアが、誰よりも愛しいと想う人のもの。 (どうして貴方が……) (ユリアを止める役を、他の人間にやらせるつもりなんてないよ。迎えに来たんだ) (ここは……?) 少なくとも、普通の場所ではなさそうだ。どこまでも白い空間。その中に、ユリアとスカサハだけがいる。 (俺にも良く分からない。ただ、ずっと見えなかったユリアの心が、急に見えた。だから来たんだ。多分、操られていたのが解けたんだと思う) (操られ……) そうだ。覚えている。 突然突きつけられた運命の重さに、ユリアがたじろいだその一瞬の隙に、マンフロイはユリアに幻術をかけ、絶望を見せた。セリスが、ラナが、そしてスカサハが次々に暗黒神に殺される夢。そしてユリアの心が一瞬、絶望に囚われかけたその隙に、マンフロイによって術をかけられ、そして解放軍を攻撃してしまったのだ。 (私……は……) 再び、解放軍を攻撃する映像が思い出されてくる。 (ユリア。それは君の意志じゃない。それは誰だって分かってる。……でも。君がいつまでもここにいたいというのなら、それを俺に止める権利はないよ。君がここから前に進むということは、ユリウス皇子を倒さなければならない――実の兄を殺さなければならないということだからね) 兄を殺す。 (私が、ユリウス兄様を……殺す?) 兄ユリウスが闇を継承し、妹である自分が光を継承した。はじめから戦う運命であったかのような、その残酷さ。 (それを強制することは……少なくとも俺には出来ない。もし俺が、ラクチェを殺さなくてはならないとしても……それによって大陸の全ての人々が救われるとしても、それでも出来るとは……思えない。そんなことを、君に強要できるはずはない) (……スカサハ……) (ま、それに、このままここにいれば、ずっと一緒にいられるってことでもあるしね) スカサハはおどけたように笑う。つられて、ユリアも微笑んだ。 それが出来れば、どれだけいいだろう。永久に、ただ愛する人と一緒にいられる。全ての苦しみから解放された、無限の時の世界。 だが。 ユリアはしばらく俯いた後、顔を上げて静かに首を横に振った。 (いつまでも一緒にいられても、逃げ続けている、という負い目を感じながらでは、幸せにはなれない……そうでしょう?) スカサハは何も言わずに、ただ優しくユリアを見つめている。 (そう……私は……) 生まれながらに背負わされた、兄を殺さなければならないという運命。だが、それが自分の全てではないはずだ。 「兄を……暗黒神を倒す、というのが私に課せられた宿命だというのなら、私は戦う。もう逃げたりはしない。そして、それを乗り越えてみせる」 その意志は、そのまま声となっていた。次々と感覚が甦り、ユリアは突然身体に重さを感じて、自分が現実に戻ってきたことを悟った。 「ユリア……」 ゆっくりと目を開けると、そこには、予想通りの人物が立っている。 「おかえり、ユリア」 「……はい。ただいまです、スカサハ」 |
マンフロイの死と、十二魔将の壊滅。そして雷神イシュタルの死とヴァイスリッターの崩壊。これによって、戦局はほぼ一気に定まってしまった。すでにグランベル帝国軍は完全に瓦解し、軍隊としての機能はおろか、兵士すら残っていない。暗黒教団の司祭達も散り散りになり、帝都バーハラは、住民すら避難して――あるいは殺されて――誰一人いない状態だ。 いや。一人いる。正確には、人と呼べるかどうかすら、すでに疑わしき存在が。 魔皇子ユリウス。その身に暗黒神を宿した、聖戦最後の、そして最大の敵。その彼が、ただ一人バーハラにいる。しかし、たった一人でありながら、彼はバーハラの全てを掌握してもいた。 最初、解放軍は全軍をもってバーハラに雪崩れ込もうとしたのだ。そして、兵力数でユリウスを圧倒し、聖戦士達の力で倒す。そう考えていた。しかし、バーハラに近付いた途端、突如天空から巨大な炎の塊が落下してきたのである。 炎の遠距離魔法メティオ。ユリウスはこの魔法によって、バーハラに結界を張ったのである。これは、力無き者はバーハラに立ち入ることすら許さない、という強烈な意思表示だった。 解放軍は戦術を見直すため、一度陣を退いて、バーハラを臨む森の近くに布陣した。そしてその作戦会議上で、セリスが驚くべきことを言い出したのである。 「ちょ、ちょっと待って下さい、セリス様。今、なんと?!」 「オイフェ……そんな大きな声を出さなくて良いだろう。疲れて寝ている兵もいるんだから。もっと落ち着いて」 セリスはオイフェをなだめるように言ったが、効果はまるでなかったらしい。オイフェは半立ちになったまま、今にもセリスに食って掛かりそうな勢いである。 「正気ですか、セリス様!!」 セリスは一つため息を吐くと、横にいるユリアを見て、彼女が頷くのを確認すると、一同を見渡し、宣言するように言い放った。 「バーハラには私とユリアの二人でいく。決着は、私達がつける。いや、そうしなければならなんだ」 「いくらなんでも無茶です!! いくら、ナーガとティルフィングがあるとは言え!!」 光の魔法ナーガは、あっさりと見つかった。アルヴィスがヴェルトマーに隠していたのだ。さすがのマンフロイも、まさか自分が居城としているところに自分達の天敵たる魔道書が保管してあるとは、思わなかったらしい。これにより、解放軍は暗黒神に対抗する切り札を手に入れたことになる。だが、それでも確実に勝てるという保証はない。 かつての聖戦士達の詩にもあるように、彼らとて確実に勝つ自信などはなかったのだ。十二聖戦士の力を結集して、やっと暗黒神を倒しているのである。それを、たった二人でやろうというのだから、オイフェが言うのは無理もなかった。 「シャナン王子も止めて下さい。ほら……」 「……セリス、いいのだな?」 シャナンの言葉に、セリスは無言で頷く。 「なら、私から言えることは何もない。大丈夫だ、オイフェ。セリスを信用しろ」 「しかし……っ」 「話は終わりだ。明朝出発する。他の者はこの場で待機。それと、私がバーハラに向かった後の指揮は、シャナンに一任する。以上だ」 セリスはそう宣言すると、誰かが言葉を挟む間すら与えず、退出した。 |
「良かったんですか、あれで」 「セリスが決めたことだ。私が口を挟むことではない。それに、セリスとユリアなら大丈夫だろう」 「信頼されているんですね」 パティはお茶を煎れると、それをシャナンに渡す。 会議が終わってすぐ、パティはシャナンの天幕にやってきたのだ。無論、先ほどシャナンがまったく反対しなかったのが気になったからである。 「そうだな……本当に生まれた頃からずっと見ているからな。別に根拠はないが、大丈夫だ、という確信めいたものがある」 「……なんかシャナン様、セリス様のお父さんみたいですね」 その言葉に、シャナンは危うく飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。 「おいおい……いくらなんでも『父親』はないだろう。そりゃあ、確かに私は解放軍の中でも年長だが、セリスほど大きな子がいる年齢じゃないぞ」 「あ、ごめんなさい〜。でも……じゃあ、お兄ちゃん、かなあ。でもお兄ちゃんっていうと、どーしても私は自分のお兄ちゃんと比べちゃうから……」 「それでもまだ、兄の方がマシだ……。まあ実際、私にとってはセリスは弟のような存在だからな」 「じゃあ、私は?」 一瞬訪れる沈黙。しかし、シャナンがどう答えようか決めかねているうちに、先にパティが口を開いた。 「あ、やっぱりいいです、今は。私が勝手に決めるから」 「おいおい……」 「大丈夫。私、フェイアさんに頼まれているんですからっ」 その言葉に、シャナンは思わず苦笑する。 「……責任、重大だな」 「はいっ」 そのパティの笑顔は、今のシャナンにはとても可愛らしく、そして同時に美しく思えた。 |
同時刻、スカサハの天幕にはユリアがいた。同じ天幕にはロドルバンがいるのだが、ユリアが訪ねてきたのを見て、「積もる話もあるだろうから、俺は席をはずすよ」といって出て行ってしまったのだ。しかし、二人はどちらもしばらく口を開かず、沈黙に耐え切れなくなったスカサハは剣の手入れなど始めている。 「止める……かと思いました」 「何を?」 ようやく途切れた沈黙に、スカサハは少しだけ安堵し、剣の手入れを終え、ユリアが座る寝台に腰掛けた。 「私とセリス様の二人だけで、ユリウス兄様と戦う、ということです」 「君が決めたことだから」 少しだけ寂しそうに笑むと、スカサハはユリアを正面から見る。 「君が、君の運命を乗り越えるために選んだ道ならば、俺はそれを止められない。悔しいけど、俺は君を助けることは出来ない。君の無事を祈るくらいしか……出来ないかな。その後で、俺が君を助けるためにね」 「スカサハ……」 ユリアはスカサハの手に、自分の手を重ね、そして微笑んだ。 「もう私は、これまで数え切れないほど貴方に助けられてきています。だから今回も、大丈夫です」 「ユリア……」 スカサハはユリアの肩を抱き寄せると、そのまま強く抱き締めた。この少女の身体に、この大陸でも最大の力が宿っている。今抱き締めている少女は、か細いごく普通の女の子にでしかないというのに。 「あの時言えなかった言葉の続き……」 「え? ……あ」 ペルルークで、二人で歩いている時に、スカサハが言おうとした言葉。結局、マンフロイが現れたことで、その会話は途切れたままになっていたのだ。 「こんな時だけど……いや、こういう時だから、かな。……ユリア」 スカサハはユリアをから少し離れると、その目を見つめた。それは、とても気恥ずかしくもあったが、それでもお互い視線は逸らさない。 「俺は、君のことが好きだ。誰よりも……」 「はい。私も、貴方のことが……スカサハのことが好きです。だから、その想いのためにも、私は……」 ユリアが全部言う前に、スカサハはユリアを抱き締めた。 「分かってるよ。だから、いっておいで。君なら、必ず乗り越えられると信じている。待ってるから」 「はい。必ず、帰ってきます。でも……」 ユリアもまた、強くスカサハを抱き締める。 「私に、あなたの勇気を、力を分けて下さい。必ず、貴方の元に帰って来れるように」 「ユリア……」 スカサハはそれ以上何も言わず、ただ強くユリアを抱きしめた。 風が、かすかに天幕をはためかせ、映っている灯火の影が、わずかに揺らめいていた。 |
翌朝。 鳥や獣すら、その気配を察していたのか、まるで音もない大地を、セリスとユリアは、たった二人でバーハラへと向かっていった。 スカサハは、思った以上にそれを見送るのが辛かったのを良く覚えている。 そして、戦いが始まった。 かなり距離があるはずなのに、その力の激突を、解放軍全軍が感じていた。 その戦いで何があったのかは、セリスもユリアも多くは語らなかった。ただ、シャナンは全て分かっていたかのように、ただ一言「ご苦労だったな、セリス」とだけ言った。 そしてついに。 一年以上にもわたって続いた解放軍の戦いは、ここに終結したのである。 |