英雄再び 第四幕グレッグミンスターまではわずか二日で着いた。 国境警備隊隊長のバルカスはかつて解放軍の戦士だったらしく、レイを知っていて 彼を見てひどく驚き、また事情を聞いて一番早い馬車を用意してくれたのだ。フリッ ク、ビクトールらはバルカスとの再会を祝いたかったのだろうが、とりあえずその時 間はなかった。 グレッグミンスターに着いた一行は、すぐ大統領府――旧帝国宮殿――に赴き、事 情を話してリュウカンに取り次いでもらった。 「・・・ソウルイーターよ。汝の預かりし命を元へ還すことを申し渡す」 目の前で人が生き返る、というのは不思議な感覚だ。リュウカン自身、事情を説明 されていなければひどく困惑したことだろう。 「なるほど金燐蛾にやられましたな。大丈夫。この程度ならすぐに元通りに回復いた します」 「よかった〜。良かったね、シュキ」 「うん」 そのとき、やや控え目に扉をたたく音がした。振り返ると、一人の兵士が入り口に 立っている。心なしか、緊張しているようにも思える。 「レ、レイ様。レパント大統領がお呼びです。執務室にいらして下さい」 ああ、とシュキは兵士の緊張を理解した。 彼にとって、今目の前にいるレイは、半ば伝説の存在なのだ。 圧倒的に不利な状況にあった解放軍のリーダーとなり、皆を率いて戦った英雄。前 に同盟を結ぶために訪れたとき、街の人達も、みな誇らしげにレイの話をしていたの を思い出す。自分とほとんど年の変わらない英雄。彼は一体、どんな思いで、どんな ことを考えて戦っていたのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまった。 「・・・わかった。シュキ君、君も来るかい?」 いきなり自分に振られるとは思っていなかったため、シュキはびっくりしてひどく 間の抜けた表情になってしまった。 「なに、ここはわしに任せてくれればよい。おぬしらもレパント大統領には久しく会 っておらぬだろう。一応生きていた、という報告は受けておるが、ちゃんと会ってお いたほうが良いぞ」 後半はフリックとビクトールに向けられた台詞だ。二人は顔を見合わせると「そう だな」といって部屋を出た。レイ、シュキ、ナナミ、カスミが後に続く。 執務室、というが元は玉座の間であったところをそのまま使っているため、都市同 盟の市長などの執務室とはかなり趣が異なる。華美な装飾は取り払われているのだが、 それでもなお圧倒されてしまうのは、あるいは国威が違うからなのかもしれない。 「レイ様。どのような形であれ、あなたに再会できたこと、そしてあなたがこの国に 戻られたことを嬉しく思います」 レパントは深々と頭を下げた。トラン共和国という強大な国家の元首が頭を下げる 相手は、おそらくこの地上に彼を置いて他にはいないだろう。 「そして、これでようやくこの国は本来あるべき主を迎えることが出来ます。さあ。 元々あの大統領の席は、レイ様。あなたのものなのです。どうか、この国を再び率い てください。民は、皆それを願っています」 レパントは半身をずらして、レイの前に道を開けた。その先には、大統領が座るべ き椅子がある。 だが、レイはそれには何も答えず、少し後ろに下がっただけであった。レパントが 怪訝な顔をする。 「なぜですか。この国はあなたが戦い、血を流し築いた国。あなたの国です。あなた が大統領となることを、多くの人が願っているのですよ」 「・・・ぼく一人の力だったわけじゃない。マッシュが、オデッサが、テッドが、父 さんが・・・。そしてみんながいなければダメだった。レパント、あなたも。それに ぼくは三年前にこの国を捨てた。もうその資格は・・・」 レパントは首を横に振りさらに一歩前に進み出る。 「レイ様・・・なぜそのようなことを。それに、街の人々を見れば分かることでしょ う。どれだけあなたが望まれているかを」 「・・・・」 「あなた。そう無理を言ってはいけませんよ」 これまで、事の成り行きを見守っていたレパントの妻アイリーンが、ここで初めて 話に加わってきた。 「レイさんは男の子。こんな狭い部屋に押し込められて、大統領なんてやるより、広 い世界を旅してみたいのでしょう。・・・あなただってそうだったじゃない」 「う・・・」 確かにレパントという人物は、若い頃はかなり破天荒な暮らしをしていたと聞いた ことがある。レイがそれほど無茶なことをやっていたとは思えないが、だがそれでも なんとなく気持ちは分からなくもなかった。 「・・・分かりました。無理強いはいたしますまい。ただ、一つお約束ください。必 ず、いつかこの国に戻られることを」 「わかった。それは約束しよう」 その言葉を聞くと、レパントは安心したのかそこで他の者達のほうを見た。 「・・・報告は受けていたが、生きていて何よりだ。フリック、ビクトール」 途端、フリックは機嫌が悪そうにビクトールを睨んだ。ビクトールの方はあさって の方角を見ている。 その辺も、大体事情を知っているのか、レパントはそのまま視線をずらしてルック で止めた。 「君は・・・相変わらずというところか」 「そうだね。あなたも苦労しているようじゃないか。まあぼくには関係ないけど」 「やはり、相変わらずだな」 レパントは苦笑して、それからカスミへと視線をずらす。 「カスミ。報告は明朝でいい。今日はゆっくり休むといい」 「あ、はっ、はい」 一瞬、レパント以外に注意のいっていたカスミは、間の抜けた反応をしてしまった。 「ホラね。カスミさん、ずっとレイさんの方見てたもの。やっぱり間違いないわよ」 ナナミがひそひそとシュキに耳打ちする。 「え、う、うん」 シュキは思わず返事をしたが、実はナナミの言う意味がよくわかっていない。だが、 ナナミは満足そうに頷いている。 「シュキ殿も、わざわざここまでご足労いただき、かたじけない。ルカ・ブライトを 討ち取った話はこのグレッグミンスターにも届いておりますぞ。今後も、トランと都 市同盟は、よき関係を維持したいと考えております。そのためにも、早くの戦乱終結 を願うばかりです。・・・さて。そろそろ解放なさらないと、ここに乗り込んでくる 輩もいそうですな。いつまでも私だけがレイ様を独占していては悪いでしょうから」 レパントはそう言うと侍従に命じて、小箱をレイに渡した。 「お持ち下さい。テオ・マクドール様の遺品です。せめてこれだけは、お持ちになっ てもよろしいと思いますよ。また、屋敷はそのまま残してあります。確か今はクレオ が管理していたはずです。あの屋敷くらいは、受け取っていただけますね?」 レイはそれに、笑って答えた。
街に出たレイを待っていたのは、多くの人々の歓迎だった。みな、かつて仲間だっ たのだろう。ある者は笑い、ある者は涙を浮かべて喜んでいる。同時に驚かれたのは フリックとビクトールだが、こちらは見事なほど唱和した声で「生きていたのか」と 言われ、やはりフリックは憮然としていた。 そのまま一行はマクドール家の屋敷にあがることにした。 ゲンカク城の方が確かに広いのだが、シュキとナナミはこの家の広さにもあきれて しまった。ゲンカク城は城であり、これは普通の家である。あらためてレイが、かつ て赤月帝国の貴族であることを思い出す。 「やっぱりこの家はいいですね、坊ちゃん。あ、待っていてください。今夕飯を作り ますから。久々に、腕を振るって差し上げますよ。皆さんもぜひご一緒に」 グレミオはそう言うとすたすたと台所に入っていく。 「久々のグレミオのメシかあ。なんか思わぬところで食えるぜ」 「あの人、料理上手なの?」 ビクトールの言葉をナナミが聞きとがめた。 「ああ。下手なコックよりよっぽど上手いぜ。多分シチューだろうから、それならハ イ・ヨーより上手いと思うぞ」 「すっご〜い、教えてもらいに行こうっと」 ナナミはあっとういう間に台所に駆けていった。その後ろからシュキが小さい声で 「ナナミはそれ以前に基本を・・・」と言っていたが、もちろん彼女には聞こえては いない。 料理を待つ間は、シュキ達は疲れていたのもあって、あてがわれた部屋で休む事に した。実際、馬車で揺られるだけ、というのも疲れるし、なにより休めない。その前 は夜通しかけて山越えである。考えてみたら本来の目的であるロッカクの里にもまだ 行けてない。もうすでに五日も城を開けてしまっているので、不安にならなくもない。 そんなことをごちゃごちゃと考えているうちに、シュキはいつしか眠りに就いてい た。
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