英雄再び 第六幕


 翌日。

 カスミは朝早くから大統領府に報告に行っていた。シュキもさすがにもうこれ以上

予定を長引かせるわけにも行かないので、今日の昼には戻ってロッカクの里に向かう

ことにしている。

 シュキ達がグレミオの作った朝食を食べ終えた頃、カスミも戻ってきた。驚いたの

はコウが一緒だったことである。

「コウ君、もう大丈夫なの?」

 ナナミが驚くのも無理はない。昨日の今日である。驚くべき回復の早さだ。

「うん、もう大丈夫。それにしても、お兄ちゃんがシュキ将軍だったんだね。それに

こっちはレイ将軍。すごいや!二人の英雄に会えるなんて!」

 彼にとってはレイもシュキも、偉大なる英雄に映るのだろう。確かに、普通の市井

の人々にとっては、彼らは雲の上の存在に見える。その英雄に憧れる少年としては、

当然の反応だ。

「シュキ君たちは今日には戻られちゃうのですよね。じゃあ待っていて下さい。おい

しいお弁当を作ってあげますから」

 グレミオはそういうと再び台所に入っていった。また習おうとでもいうのか、ナナ

ミが後に続く。

「じゃあコウは俺達がバナーの村まで連れて行っておくよ。お前は久々に『家』で休

んでいろ」

 ビクトールはそういうとレイの頭をわしゃわしゃとなでた。レイはほんの少し微笑

んで、それからシュキに向き直る。

「シュキ君、少しいいかな?」

 

「昨日の質問だけど、答えは出た?」

 マクドール邸の庭である。昨夜、ナナミとシュキが涼んでいた場所だ。レイは誤魔

化す事を決して許さないような厳しい表情でシュキを見つめている。

 シュキはしばらく無言だった。それからしばらくして、言葉を選ぶように考えなが

ら口を開く。

「ジョウイと・・・戦うことについては、考えていません。でも、ぼくを必要として

いる人がいて、そしてその向こうにきっと未来があると思っているから。そこには、

ジョウイもナナミもいると思うから。ジョウイがいつか言った『みんなが幸せになれ

る世界』があると思うから。そのためにぼくが出来ることがあるのなら・・・それを

やらないのは自分で不幸になるようなものだと思うから・・・」

 言葉が途切れてしまう。結局考えをまとめられてない。気持ちばかりが急いて、言

葉がこれ以上出てこなかった。

「君は、立派だね」

 そこにいるトランの英雄は、なんともいえない複雑な表情を浮かべている。

「ぼくは、あの戦いで父や親友など、多くのものをなくした。ぼくが最後まで戦った

のは、死んでいった彼らに対する義務であって、実は幸せなんか考えていなかったの

かもしれない」

 シュキは多分自分が今驚きの表情を浮かべているのだと自覚した。

「けど、結果としてぼくは気がついたら英雄になっていた。分かるかな、何が言いた

いか」

 シュキは首を横に振った。実際、検討もつかない。

「つまり、人々は結果しか求めない。たとえばぼくが、先の戦いで敗れたとしたら、

ぼくは戦争を起こし、国を荒らした咎人だっただろう。皇帝バルバロッサは、更なる

名声を得て、多分この地は今も『赤月帝国』と呼ばれていただろうね」

「・・・・」

「君がどんな思いで戦っているのか、それは人々にはわからない。それでも、君は戦

える?」

「・・・戦います。ぼくは。それが、ぼくのなすべきことだと思えるうちは。ゲンカ

クじいちゃんの紋章を受け継いでいるからとか、そいういうのじゃなくて。ぼくはぼ

くが手に入れたいものために、戦います。それが、人々の幸せに繋がるんだと思えま

す」

「いい、答えだ」

 急に、レイの表情が和らいだ。思わず呆気にとられてしまう。

 そのとき、グレミオとビクトールの呼ぶ声が聞こえた。

「そろそろ時間みたいだね。それじゃあ」

 レイはさっさと歩いて行ってしまった。慌ててシュキも追いかける。

「おう、来たか。そろそろ出発しようぜ、シュキ」

「はい。お弁当です。道中食べてください」

 グレミオは布に包まれた弁当を次々に渡していく。まだ出来たてなのか、いい匂い

がした。

「それから・・・と。はい、坊ちゃん」

「え?」

 ビクトールが驚いて振り返った。よく見ると、レイにも同じような弁当をグレミオ

が渡している。レイはそれを受け取り、さらにサックを受け取ると、弁当をその中に

入れ、ゆっくりと振り返った。

「ぼくも、行くよ。トランの北で戦いが続いているのは、あまりいい気はしない。た

いしたことは出来ないかもしれないけどね」

 一同、呆然としてしまっている。まさか、レイが協力してくれるとは思ってもみな

かったのだ。

「それにしてもグレミオ、よく分かったね。何も言わなかったのに」

 それを聞くとグレミオは、にっこりと微笑んだ。

「坊ちゃんのことですからね。きっとそうなさると思ったのですよ。あ、もちろん私

はここで待っています。坊ちゃんが帰られる場所で」

「うん。出来るだけ早く帰ってくるよ」

「でも無理はなさらないで下さいね。あ、出来れば夕飯までにお帰りください」

「・・・それは難しいな」

 レイは苦笑しつつ、グレミオが差し出した棍を取った。かつて、解放戦争を最後ま

で戦い抜いた時に使っていたものだ。ずっと、この家に置いてあったらしい。

「シュキ君」

「は、はいっ」

 シュキは自分がひどく緊張していることを自覚した。寝物語に聞いた英雄が、自分

達に力を貸してくれるというのである。横を見ると、ナナミもひどく驚いているよう

「これからよろしく、リーダー」

「は、はい。よろしくお願いします」

 後で考えると、かなり奇妙な会話だったのだが、このときシュキにそんな余裕はな

かった。

「それに、みんなも。またよろしくね」

 ここにいるメンバーはシュキとナナミ以外はかつての解放軍にもいたメンバーばか

りである。その彼らにとって、かつてリーダーだったレイが協力してくれることは、

この上なく心強いことだろう。

「じゃあ、行ってくる」

 レイは、もう一度グレミオの方に振り返ってから、バルカスが用意してくれた馬車

に向かって歩き出した。ふと立ち止まって右腕にある紋章を見る。

(・・・テッド。この力は、人を不幸にするためにあるんじゃない。ぼくはそう思う

よ。だって君が残してくれた力だから。だから、ぼくはこの力を必要とする人々のた

めに使おうと思う。いいよね)

 そのときレイは、風の中に親友の声を聞いた気がした。



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