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闇の咆哮




「バカな……」
 竜騎士団が壊滅。そしてその全軍が――指揮官たるアリオーンらも例外なく――生死不明。この報告をもたらしたのは、コニールの街に駐在する兵からだった。
 前日の日暮れ頃、突如として『竜』が攻撃を開始、それに対して竜騎士が飛翔、竜に向かっていったところで、竜から放たれた『闇』が、竜騎士達を呑みこんだというのだ。
 その闇が晴れた時、ばらばらと落ちていく影があったというから、一撃で消滅したりはしなかったらしい。
 ただその後に飛翔する影はなかったと言うことだから、少なくとも壊滅的な打撃を受けたことは間違いない。
「ディオン……」
 まだ死んだという確証はない。だが、状況を聞く限り、生きている確率もまた、低い。
「陛下、大丈夫ですか」
 グレイドの言葉に、リーフははっとなって顔を上げた。
 いけない。ここで自分が冷静さを失っては、トラキア全軍の士気に響く。それに、絶望的とはいえ、死んだと決まったわけでもない。
「大丈夫だ、グレイド」
 リーフはそう言うと、一度頭を振ってから、立ち上がった。
「竜騎士団壊滅の報を隠すことは出来まい。よって全軍に告知する。また、この一件で明らかだが、これはもはや一国だけの問題ともいえない。『敵』が何者であるのか、それはまだ分からないが、第二次聖戦における帝国に比肩しうる脅威であると考えられる」
 諸将の間に緊張が走る。ここにいる将軍らは、ほとんどが第二次聖戦を戦い抜いた古強者達なのだ。
「よって、わが軍の全軍をもってことに当たるのは当然ではあるが、近隣のグランベル、イザーク両国にも援軍を求める。特に、ナーガの継承者であるユリア公妃、またはセリオ王子のいずれかでなければ、『竜』は滅ぼせない可能性もある」
 少しだけ、消沈したような雰囲気があるが、これはトラキア一国だけで事態を処理しきれないことへの苛立ちでもあった。ましてリーフは、神器を継ぐ身でもない。あの強大な暗黒の力相手には、ほぼ無力だ。
 まして、天地二槍の現継承者は、いずれも生死不明だ。天槍グングニルは、アリオーン大公の子サリオン公子が次の継承者であるが、未だ正式な継承を済ませていない。とはいえ、アリオーンが倒れた以上、彼にグングニルを握って戦ってもらうしかない。問題は地槍ゲイボルグだ。
 ディオンが倒れた以上、ゲイボルグを振るうことが出来るのは、リーフの姉、アルテナしかいない。だが彼女は、トラキア大公家に嫁いで以来、一度として戦ったことはない。無論、それでも並の騎士より優れた技量を持つだろうが、ディオンやアリオーンですらまったく敵わなかった相手に、アルテナがゲイボルグを持って立ち向かったところで、どうにかなるとは思えない。
 どちらにしても、しばらく天地二槍は戦力にならない、と考えるべきだった。
(本当に……どうにかなる相手なのか?)
 言葉に出しては決していえない恐怖を、リーフは感じていた。
 たった一撃で竜騎士団を壊滅させる力。まして、その中には神器を保有する者もいたのである。それは、かつてのユリウス以上ではないのか。そんな相手に、いかにナーガとはいえ対抗できるのか。そもそも、本当にロプトウスの継承者が敵になったわけではないのか。
 リーフは、セリスから『ロプトウスの継承者が見つかった』との報せを受けた時、最初はその者の素性も合わせて教えてもらえるものだと思っていた。だがセリスは、その者が普通に生活できるためには、彼が継承者であることを知る者は少ない方がいい、と言って誰であるかを教えてくれなかったのだ。その時はそれで納得もしたが、考えてみれば奇妙な話ではある。
 無論、セリスを疑うつもりはない。だが、その名も知らないロプトウスの継承者のことを信じることは、リーフには出来ない。
 とはいえ、今それらについて思案をめぐらせたところで意味はない。
 今やるべきは、とにかくそこから敵があふれ出さないようにすることだ。さらに、その竜の攻撃に晒された、というコニールの街を含めた、周囲の街の人々を出来るだけ遠くに避難させること。それが、最優先だった。

 竜騎士団壊滅の報の翌日、リーフは、二日前にアリオーン、ディオンらがした、そのまったく同じ表情をすることになった。
 今は昼間であり、空は春の日差しが柔らかく大地に降り注いでいる。大地は春を迎えた草花が命の息吹を溢れさせている。
 ただ、一筋を除いて。
 コニールの、瓦解した外壁からまっすぐ南へ、一直線に走るその軌跡には、春の命の息吹はまったくなかった。そして、その軌跡は、闇に通じていた。
 まるで、景色の一部に黒インクを落としたかのような闇。コノートの王城より巨大ではないか、というようなその巨大な闇は、確かに竜の形を成しているようにも見えた。
「あれが……」
 リーフは即座に、自分の予感が正しかったことを認めた。
 アレは、ユリウスなどとは比較にならない。それより、遥かに強大な力だ、と。
 継承者でないのであれば、何者なのかは分からない。だが、いずれにせよ、ユリウスの復活、いや、それ以上の未曾有の危機が訪れていることは、間違いない。
「陛下……」
「分かっている、グレイド。アレは我々だけでどうにかなる相手じゃない」
 そもそも、ユリア公妃やセリオ王子でもどうにかなるのか。いや、大陸のすべての力を集めても、どうにもならないのではないか、とすら思えてくる。
「コニールの街の人々を……いや、コノートより南に住む人々をすべて、コノートに避難させろ。ランスリッターは、竜騎士団に生存者がいないかを確認させる」
「はっ」
 グレイドはリーフの指示を受け、手早く諸将に指示を出す。とりあえずリーフは、街の人々を安心させるためにコニールの街に入った。
 街の人々は、先日の攻撃によって逃げている者も少なくはなく、残った人々もリーフの意を受けて、荷物をまとめて北へと移動を開始する。
 そして、とりあえず街の政務舎を仮の拠点として指示を出しているところに、街の者で面会を求めてきた者がいる、という報せが来た。
「面会?」
「はい。避難する前にどうしても陛下に申し上げたいことが、と。名前を言ってくれれば多分会ってくれるから、と言うのですが……」
「その人の名は?」
「サラ、と名乗られておりましたが……」
 その名前に、リーフは驚き、すぐ通すように命じる。程なく、リーフが予想したとおりの人物が現れた。
「……久しぶり、だね。直接会うのは……何年ぶりかな?」
「お久しぶりです、陛下。かれこれ……もう、十二、三年というところかと」
 リーフが最後にサラに会ったのは、確かセネルが生まれた時だ。その時、サラは良人のラエルと共に慶賀に来てくれた。それ以来である。
「ラエル殿は無事?」
 最初にあったという『闇』の攻撃で、リーフが真っ先に心配したのは、サラ達のことだった。ただ、幸いにも彼女らの住居からはかなり離れていたはずではあるが。
「はい。ラエルは無事、ですが……」
「分かってる。ティアだね」
 この事件の少し前に行方不明になったというラエルとサラの娘。ただ、魔法の才能は確かに高いものを持っていたが、かといって、これほどの力があったはずはない。それに、ロプトウスの力を継承する存在ではなかったはずだ。それは間違いない。
「実はそのことに関して……目撃者があったんです」
「え?」
 リーフがあっけに取られると、扉の向こうに待機していたらしい、もう一人の人物が現れた。
 金髪碧眼、この辺りではかなり珍しい容姿だ。年齢は二十歳前といういところか。剣を下げていることから、剣士であろうことは分かるが、リーフの記憶にない人物だった。
「君は?」
「初めて御意を得ます、リーフ陛下。ウルクと申します」
「堅苦しい挨拶はいい。こんな場所だしね。で、一体君は?」
「は、はいっ。その、六日前、この近くの草原で、私は暗黒教団の者を見たのです」
 緊張気味ではあったが、ウルクは上手く整理して話してくれた。
 彼によると、六日前、つまりティアが行方不明になったまさにその日、彼はティアが暗黒教団に攫われるのを見たという。彼も剣、魔法を修めた身で――剣はともかく魔法も独習というのは驚きだが――あり、彼女を助けようとしたのだが、彼らはあっという間に消えてしまったという。彼は知らなかったが、おそらくそれはかつて暗黒教団の特殊部隊『ベルクローゼン』が好んで使った転移魔法だろう。
 その時は、彼らが暗黒教団である、とは彼は気づかなかったのだが、このような事態になり、かつ先日の布告によって、あれが暗黒教団ではないか、と思い至ったという。また、一番近くの街か村の少女が攫われたのだろう、と思ったのだが、運悪くコニールの街ではなく、別の街に行ってしまったため、この情報はリーフの元にはもたらされなかったらしい。あるいはすぐにサラに会っていれば、それが暗黒教団だと分かったのだろうが、さすがに戦後生まれの彼では、服装だけでそれを判断は出来なかったのである。
 いずれにしても、彼の報告で、少なくともティアが暗黒教団に攫われたことは確定した。そして、ロプトウスの魔道書を奪ったのも、暗黒教団。絶対ではないが、その間が無関係であるとは、リーフには到底思えなかった。
「ご苦労だった、ウルク。こんな情勢だが、何か望みがあれば言ってくれ」
「……でしたら、このまま陛下の軍の末席に加えてください」
 その申し出はリーフは予想していなかった。
「それは構わないが……この戦い、君が知るどのような戦いとも違うものだぞ」
「構いません。お願いいたします」
 かすかに声が震えて聞こえたのは、多分興奮のせいだろう。
「分かった。後で手配しよう。それまでは、広場にいるといい」
「はいっ」
 やや興奮気味に、ウルクは部屋を出て行った。その様子を見て、サラがくすくすと笑う。
「ああいう年頃の男の子だと、やっぱりリーフ陛下と直接話せるのはすごい緊張するみたいですね」
「……かもね」
 リーフも苦笑する。実際、彼が緊張し通しだったのは分かっていた。
「さて……とりあえずティアのことは、私でも気を配ろう。最大限協力する。まして、今回のことと無関係とは限らないしね……」
 そこでリーフは言葉を切った。
 そして意を決して、言葉を続ける。
「サラ。ティアには本当に、ロプトウスの聖痕はなかったんだね?」
「はい。それは間違いありません。ティアは、聖戦士の力はまったく継承していない、普通の娘……のはず、です」
 サラが、ロプト一族の一人、マイラの末裔であることは分かっている。つまり、サラもまた、ロプト帝国の皇帝に連なる血筋の一人なのだ。それは当然、娘であるティアも、ロプトの末裔ということになる。
 最初、リーフはセリスが『ロプトウスの継承者の存在を確認した』と言ってきたとき、ティアのことかと思ったほどだ。だが、それは違った。第一それならば、セリスより先にリーフが気づくし、サラもそんなことをリーフに隠したりはしない。
 ただ、継承者ではなくても、何かしらの方法であの魔道書の力を解放する術があったとしたら、という可能性を、リーフは捨てることは出来なかったのだ。あまり知られていないことだが、継承者ではなくても、神器はその血を濃く受け継ぐ者の存在に、わずかに反応する、という性質があるのだ。
 だが、それも今サラの口から否定された。となれば、ティアを攫った暗黒教団の目的は何なのかが、さっぱり分からない。
「考えても仕方ない、か……」
 いずれにせよ、すでにトラキア王国だけでは、アレに対抗する術はない。今は、ここで時間を稼ぎ、ユリア、セリオのどちらかがくるのを待つしかない。
「さ、サラも避難して。後は私達に任せてくれ。大丈夫、きっと何とかなるさ」
「リーフ様……」
 それが、完全な楽観論であることは十分分かってはいたのだが、それでもサラの顔がわずかに綻ぶ。
 その時、その楽観論をわずかなりとも後押しする報せが舞い込んで来た。
「陛下!! 竜騎士団の生存者がいました!! それに……それに、アリオーン大公、ディーン団長、ディオン殿下も生きておられます!!」

「ち……父……上」
「ディオン……良く、無事で……」
 コニールの街の教会。そこは急遽、生存していた――といっても全員が重傷だが――竜騎士達の治療所と化した。従軍してきた司祭達が、必死に治癒魔法を唱え続ける。こうなると、ナンナも連れてくるべきだったか、と思うが、とりあえず現状では致し方ない。
 生存者は、思ったより多かった。竜騎士団八百騎のうち、半数近い三百五十人がかろうじて生存していた。何より、アリオーン、ディーン、ディオンの生存は、トラキア軍全体に明るい報せとなった。
 とはいえ、動ける者は一人としていない。全員が、短くても数ヶ月は養生が必要なほどの重態である。その中で、最も軽傷なのは、ディオンだった。
「お前が一番怪我が軽いようだな……ゲイボルグの守りのおかげか?」
「かも……知れません。あと、アリオーン様が庇ってくださり……」
「そうか……とにかく今は休め。傷に触る」
「はい……」
 それだけ言うと、ディオンは気を失うように眠りに就いた。何とか、父王に報告だけでも、と思って気力でもたせていたのだろう。眠ったディオンを後にして、リーフは部屋を出る。
「どうだ、グレイド」
「被害は甚大です。特に、アリオーン様が……」
「ああ……」
 生存者の中で、特に重態なのがアリオーンだった。トラキアにいる司祭の治癒魔法ではまったく追いつかず、むしろ今生きているのが奇跡的だとすら思えるほどなのだ。
 どうやら、彼が天槍の力で他の騎士を守ったらしい。それゆえに、予想以上の生存者がいたのだが、その分の威力を、すべて彼が一人で受けたのだ。おそらくグングニルがなければ、完全に消し飛んでいたかもしれない。
 逆に言えば、神器の力をもってなお敵わない相手だ、ということである。
 グングニル、ゲイボルグ共に、神器でも最高クラスの破壊力と、そして強大な防御力を持つ。しかしこれが今回、まるで役に立たなかったらしい。いや、役には立っている。実際、生き残った兵の多くは重装鎧をまとった者ばかりなのだ。
「最低限の治療だけ済ませたら、アリオーン大公はエッダに送ろう。多分……バルキリーでなければ、もうどうしようもない」
 グランベル六公国の一つ、エッダ公国の公爵コープルが持つ聖杖バルキリー。死者を蘇らせる力があるとまでされる――それが事実であることをリーフは知っている――強力な杖で、治癒の力も間違いなく最強である。かつて、ユリウスと戦って瀕死の重傷を負ったセリスは、この杖の力で傷を癒されている。
「住民の避難は」
「本日中には完了します」
「分かった。今日はコニールに駐屯し、明日、コニールから離れた、敵に対して山を影に出来る場所に陣を布く」
 普通であれば、コニールの外壁を守りとして利用したいところだが、相手はすでにこれを一撃で貫いている。最初の攻撃からすでに丸二日以上経過しており、なぜまだ動かないかは分からないが、あるいは連続的に攻撃できない理由があるのかもしれない。
 希望的観測だが、そうあってほしい、とも思う。
 果たしてそのリーフの予想が正しかったのか、翌日の朝になっても、『敵』は動かなかった。
 すでにアリオーンは転移魔法でエッダに送っていて、他の竜騎士達についても、コノートに移送中だ。
 リーフはもう、あれがロプトウスの力の顕現であることは疑っていなかった。あの、ミレトスで、バーハラで感じた力と同質の、そしてそれよりも強大な力を、あの闇の竜から感じるのだ。
 このまま何も起きず、ユリアかセリオによって戦いが終われば、と思う。
 だが一方で、果たしてナーガでもあれに勝てるのだろうか、という不安もある。
 しかし他に頼るものもない。こういう時、神器を継承していない我が身がもどかしくなる。
 いずれにしても、そろそろユリア公妃か、セリオ王子だけでもこちらに向かっているはずだ。転移の魔法を使えば、そう遠くない。セリオ王子は継承を済ませていないはずだから、あるいはユリア公妃が来るのであれば、一度バーハラにナーガを取りにいかなければならないから、少し時間がかかるだろうが、それでも程なくのはずだ。
 そうリーフが考えていると、息を切らせて騎士が一人、リーフの前に現れた。
 リーフは、ようやく来たか、と騎士の報告を待つ。
 だがその騎士は、リーフが予想もしなかった報告を発した。

 その騎士がリーフに報告するのと、ほぼ同時に。
 闇が、トラキアから放たれた。
 同時に放たれたその『闇』は、いくつにも枝分かれし、どのような武器でも魔法でもありえない距離を駆け抜ける。
 合計で七つに枝分かれしたその『闇』は、ユグドラル大陸の次の都市に炸裂した。
 バーハラ、コノート、ヴェルトマー、ダーナ、エバンス、シアルフィである。
 そしてあと一つ。最後の闇は、すぐ近くにいた『敵』に、その牙をむいていた。

 コノートは大混乱に陥っていた。
 リーフが軍を発した二日後、突如外洋港湾区域の船の一つが爆発したのである。それはちょうど、西の河川港湾区に、重傷の竜騎士団を乗せた船が到着した、まさにその時だった。
 そして直後、コノートの各所で暴動が起きた。幾人もの、まるで狂ったように暴れまわる者の顔を見た時、人々は恐怖した。それは、つい先ほどまで、共に笑っていた隣人だったのだ。
「城の守りは、城それそのもので十分です。残っている騎士、兵士のすべてで、街の鎮圧に当たりなさい」
「し、しかしそれでは王城の守りが……」
「構いません。今は街を救うことが第一です。いきなさい!!」
 凛としたナンナの声に、騎士は弾かれるように飛び出した。
 すでにナンナは、普段のドレスではなく、かつて使っていたという鎧を身に纏っている。二十年以上使っていなかったものだが、まるで今あつらえたかのようにぴったりだった。
 その横では、セネルが、こちらも一応鎧は纏っているが、わずかに震えている。
「セネル。しっかりなさい。陛下が出陣されていて、ディオンもいない。私に何かあったら、貴方が全軍を指揮しなければならないのよ」
「そ、そうですが……」
 セネルは混乱していた。今回の戦い、出番はない、と思っていたのだが、それがいきなりこの事態である。まして、今母に言われたことは、もはやセネルの想像の遥か外だった。
 なおも震えるセネルを無視して、ナンナは城内に避難を求める市民を入れるように命じた。廷臣の一部が、刺客が入り込む可能性を訴え、異を唱えたが、それは無視する。それはナンナも覚悟はしている。ただ、この暴動の目的がどうあれ、彼らの狙いの一つは、自分達の命だろう。だとすれば、逆に攻撃をかけやすい状況を作ってやった方が、対処もしやすいのだ。
 だが、事態はナンナの予想をも遥かに超えていた。
 ナンナの命を受け、城内への道が開かれようとする直前。凄まじい震動と爆音が、コノートの街に響き渡った。
「な、何!?」
 地震などないはずのコノートが、まるで波乗りでもしているかのように揺れる。それが収まって、ナンナは何事かと外を見て、そこで言葉を失った。
「い、一体何が……」
 コノートの街は、広大な三角州の上に作られた街である。街の出入り口は巨大な二つの橋であり、その橋を渡ったところに、堅牢な城壁がある。これが、コノート全体をぐるりと囲んでいる壁であり、コノートの守りの要でもある。
 ところが。
 その壁の一部が、完全に消滅していた。そして、その壁に隣接していた街区もまた、完全に崩壊している。
「そんな……」
 今の一瞬で、何があったというのか。何をもってすれば、あのような破壊が起きるというのか。
 そして今の一瞬で、一体どれほどの命が奪われたのか、ナンナにもすぐには分からない。少なくとも、一万人近い命が、一瞬で失われたことになる。
 想定していた最悪の事態を、さらに上回っている――ナンナはそれを痛感せざるを得なかった。
 だが。
 事態は、今改められたナンナの予想をも、遥かに超えていた。
 この災厄をもたらした力は、ここだけではなく、あとさらに五箇所、大陸の各都市に飛来していたのである。
 さらに。
 リーフ率いるトラキア王国軍もまた、壊滅していた。
 だがその報せは、まだどこにも届いてはいなかった――。




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聖王倒れる >


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