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光皇の裁き




 戦いは、本当に唐突に終了した。
 巨大な闇の球となった竜は突如として消滅し、残ったのはその球状に抉られた大地のみ。そしてそこから、セリオが一人の少女を伴って戻ってきたのである。
 セリオはただ一言『ロプトウスは砕けた』と言って、宝珠の砕けた黒の聖書をシャナンに手渡した。
 さらに、シャナンの求めに応じて、かつて、何をやっても砕くことが出来ず、封印せざるを得なかったそれを、セリオは集まった将兵の前で、光の魔法を使って完全に消滅させて見せたのである。
 ここに、ロプトウスは完全に消滅したのである。
 だが無論、これで全てが終わったわけではない。
 大陸のほとんどの地で起きた戦乱は終わっても、傷ついた大地が何の努力もなしに元に戻るわけではない。わずか半年とはいえ、大陸中を巻き込んだ戦乱の傷痕は、決して浅くはなかった。
 この戦いでの戦死者はおよそ七千とされている。無論聖戦以降では最大の被害だ。だがこれも、あくまで戦いに参加していた兵の犠牲者の数でしかない。戦いに巻き込まれた人々の数となると――十万以上、とすら云われている。
 だが同時に、公式に発表された『ロプトウスの永遠の消滅』は多くの人々にとって良き報せではあった。
 無論、多くの人々が、そもそも未だにロプトウスの魔道書が存在していたことも知らなかったのだが、セリオ王子が、二十年前、誰にも砕くことが出来なかったそれを完全に消滅された、という報せは、先に兵士たちが広めた噂とあいまって、『光皇セリオ』の名を、より多くの人々の心に焼き付けることになったのである。

 だが、ロプトウスの消滅で納得出来る多くの人々とは別に、断罪の対象と機会を求める者は、無論存在した。
 しかし、今回ロプト教団のうち、最後の決戦場に存在した者もまた被害者であり、戦いの最終盤においては怪物へとその姿を変じられ、セリオの力によって消滅している。そして、首謀者と思しき者達は、あの、闇の球体と共に消滅した。
 ただ一人を除いては。
 その、唯一の生き残り。
 まだ十五にもならぬ少女――ティアは、グランベルの王都バーハラの地下に囚われていた。
 戦いが終わってすでに半月。
 転移魔法によって護送されたティアは、そのままバーハラの地下牢につながれ、毎日のように神官たちによる尋問を受けた。
 グランベルの司法は神殿がその役目を担う。
 神殿は聖典とグランベルの法に従って罪を判断し罰を下す。その決定に対しては、基本的に王権であろうが介入することは許されない。
 最初、当然ではあるが神殿はティアが暗黒神の、すなわち闇の後継者であることを疑った。
 ティアは、あの暗黒教団の大司教マンフロイの曾孫である。マンフロイは当然闇の血を受け継いでいたし、また、彼女の母であるサラの母親、つまりマンフロイの息子と結婚した女性が、あの精霊の森の出身、すなわちロプト皇帝の血族である『聖戦士マイラ』の末裔であることも分かっていた。
 つまり彼女の母サラ、そしてティアは、闇の後継者となりうる資質を十分に秘めているのである。
 まして、ティアは操られていたとはいえ、実際にロプトウスの魔道書から、それもかつての魔皇子ユリウスとすら比較にならないほど強大な力を引き出していた。その意味でも、神殿が疑うのは当然だった。
 闇の後継者であれば、ティアは一生神殿に封印されるか、あるいは抹殺されるかの運命しかない。
 ロプトウスの魔道書が消滅したからといって、闇の血筋が無害であるという保障はないのだ。
 ところが、これが見事に神殿の思惑が外れた。
 まず、ティアの身体のどこかに聖痕が顕れていないかと――さすがに調べたのは女性神官だった――調査したが、彼女にはロプトウスの聖痕はもちろん、聖痕らしきものは一切存在しなかった。
 さらに神殿は、魔術による力の解析を行った。
 これは、聖痕が顕れるほどではないが、わずかでも聖戦士の血を――神殿も知らぬことだが要するに古代竜族の血を――継承する場合でも、それを見極めることが出来るものである。
 無論これだと、市井にいる民衆でも稀に反応が出ることが――百五十年の間に庶子も少なからずいるのである――あるので、身分判断に使われることなどはまずない。だが、なんとこれでもティアはロプトウスの血の反応がなかったのである。ちなみに、彼女の母であるサラにはあったらしい。
 つまりティアは、母親から全く闇の因子を受け継がなかったことになる。
 この結果には、神殿も困惑した。
 ティアは、ロプトウスの魔道書を扱える可能性が全くない、ということになるのだ。
 ロプトウスの魔道書の消滅によって、闇の血そのものが反応しなくなったのかとも思われたが、他ならぬセリス王がその検査を行い、自らにわずかではあるが、母ディアドラから受け継いだ闇の因子があることを証明した。
 よってティアは、ロプトウスを含む全ての神々の血の継承の確率を、完全に否定されたのである。
 理屈は分からないが、ロプトウスの魔道書を含む神器は、神々の血を受け継いでいなければ、使える可能性は全くない。逆に言えば、わずかでも血を受け継いでいる存在であれば、神器はわずかなりとも反応する。
 確かに、この年齢としては飛びぬけた魔法の才能はある。そこらの魔道士はもちろん、魔法騎士級の実力者すら上回るほどの力の持ち主だ。だがそれは、彼女の母親も子供の頃から同じようなものであり、その才能を受け継いだ、と考えても不思議はない。
 実際、魔術の才能は武術の才能よりも、親から子へ受け継がれることがより多いものだ。
 結局、神殿の出した結論は、ティアが闇の後継者である可能性は、万に一つもない、というものだった。ありえない、と思っていても、神殿が虚偽を報告することは、決して許されないのだ。
 この結果に一番納得できなかったのは、当然だが被害を受けた各国の王、貴族たちだった。
 特に、領内に甚大な被害のあった貴族は、せめて誰かに罪を被ってもらわなければ納得できぬ、とばかりにティアの罪を訴えた。
 神殿の調査結果だけでは、実際ティアの無罪の証明にはならない。だが、予断で年端も行かぬ少女を断罪することは、もちろん許されない。
 セリスは迷った結果、王侯裁判の開催を決定したのだった。

 王侯裁判とは、七九〇年にセリスの提唱によって作られた機構である。
 その前年、グランベルとミレトスの境界地域地帯で、立て続けに野盗の被害が報告された。グランベルとミレトスの商人たちは協力し、ついにグランベル軍が、村を襲撃しようとしていた盗賊たちを捕縛することに成功する。
 だが、この盗賊たちは、グランベルの村は襲ったが、ミレトス地方は知らない、他の連中がやったことだ、と証言したのである。
 無論それで納得するはずはなかったが、実際ミレトスとグランベルの村で、被害の度合いは大きく異なっていた。
 グランベル側の村々は確かに被害にあってるが、人が殺された事件は一度もない。対して、ミレトス地方の被害は、村一つが皆殺しにされたケースすら存在したのである。これは当初、強大な軍隊を持つグランベルを恐れ、グランベルでは遠慮していたのだ、という意見があり、事実それには説得力があった。
 だがそれでも、セリスは釈然としないものを感じて犯人達をミレトス側に引渡しはしなかった。
 もし彼らの言うことが真実であれば、グランベルの法では彼らは罰金と一定期間の強制労働で済むが、ミレトスの法――正しくは商人の間の取り決め――では、彼らは死罪である。
 おそらく、ミレトスに彼らが引き渡されれば、裁判もそこそこに処刑される。
 そのためセリスは彼らをミレトスに引き渡さなかったのだが、それゆえに、グランベルとミレトスの関係が悪化しかけたのである。
 そこで、セリスはグランベル、ミレトスの両方から人を出し、共同で審議する場を作った。
 その結果、その席上でミレトス側も、彼らが虐殺まで行うほどの盗賊ではない、と判断し、彼らはグランベルの法で裁かれ、刑に服したのである。
 ちなみに問題となっていた盗賊は、その後に捕縛、処刑されている。
 その翌年、セリスは国家の間で審判すべき事柄が生じた場合、王や貴族、あるいは神官達による、国家の境のない裁判を実施することを提案した。これが王侯裁判である。
 この裁判は、過去四回開催され、いずれもそれなりの成果を収めている。
 だが今回、果たしてどのような結果が導かれるべきなのか、セリスですら分かっていなかった。

 王侯裁判は、本来当事者の国が選別した者が派遣される。『王侯』となっているが、実際に国王が赴くことはない。名代の者が出席するのが普通だった。
 だが今回、この王侯裁判に参加した者の名は、そうそうたるものだった。
 グランベル王セリス、イザーク王シャナン、トラキア王リーフ、シレジア王セティ、アグストリア王子アルセイド、ミレトス代表執政官レンネンベルク、エッダ教最高司祭コープル。さらにグランベル六公国の公爵全員、幾人かは公子や公女も伴っている。
 さらに多くの貴族、多数の司祭も参加している。総勢は実に四十人。無論、過去最大の王侯裁判である。
 裁判の冒頭で、ティアが彼女自身の口で語ったこと――闇の魔道書を示され、その力が自分の中を駆け抜けていた――と、彼女が闇の血族であることは完全に否定されていることは報告された。
 この時点で、多くの者は困惑した。
 実際に、ティアに闇の魔道書を渡しても、現在全く反応しようとしない。そもそも、優れた魔法の才能を持つ――闇の魔道書を使うことも出来るらしい――ということだが、実際に魔法を(無論結界内で)使わせてみても、確かに一般人としては飛びぬけた実力ではあったが、かといって驚くほどではなかった。
 一方で、ティア自らの言葉から、彼女があの闇の竜を維持していたのも、ほぼ間違いない。実際、ティアにもその認識はあるらしい。
 これには裁判に参加した多くの諸侯も、彼女にいかなる罪を負わせるべきか、迷った。
 どう考えても、ティアにそれほどの力はない。よしんばあったとしても、それは本人の思い通りには全くならない――あるいは特定の条件でしか発動しないものだ。ならば、厳重な監視の下に置けばいいのではないか、という意見が、控えめながら提案された。
 だが、それに反対を唱えたのがいた。
「話にならない。なぜ皆様方は悩まれる。あの娘が仮に今無力であろうとも、その力の危険性は、いまさら語るまでもあるまい!! 現にトラキア大公アリオーン殿は、今も重態の中、生死の境を彷徨っていると聞く。それほどの力を、あの娘は秘めている!!」
 言葉と同時に、雷鳴が鳴り響いた。
 いつの間にか、外は嵐になっていたらしい。
 王侯裁判の法廷は、すり鉢状の部屋で、その一番底に被告台――台のみで椅子はない――がある。
 今その被告台には、十四歳の少女が、表情もなくたたずんでいる。本来であれば宝玉のような美しさを持っているであろう瞳が、今は、まるで死人の瞳のように、ただ虚空を見つめていた。
 裁判員たる王侯たちは、被告を囲み、見下ろすように席に着くのだ。それは、被告に対する圧迫にもなる。また、声が良く響くようにも設計されており、先ほどの声はまさに雷鳴とあいまって豪声とでもいえるほどに法廷に響き渡った。
 声高に叫んだのは、エッダの高司祭の一人。
 しかし、今議場を包んでいる空気は、彼の意見にそのほとんどが同意している。
 ただ、声高に言えないのは、その処断対象が、その法廷の中心、もっとも低いところに座らされた、弱冠十四歳の少女であるがゆえだ。
 だが、その危険性については、誰もが疑う余地はない……はずだ。
「そもそも、あの娘は、かの暗黒大司教マンフロイの曾孫にあたるという。そんな忌わしい血が、未だにこの大陸に残されているということ自体……」
「プレーグス司祭殿!!」
 声を荒げて彼の言葉を遮ったのは、トラキアのリーフ王だった。  最終盤での無理が祟ったのか、まだ体が満足には動かないが、それでもリーフは無理を押してこの裁判に参加した。今も、実は座っているだけでもかなり疲労するのだが、その眼光だけは衰えを見せず、発言を遮られた司祭を睨み付けている。
「彼女の母親、およびその血筋に関しては不問。それはかつて聖戦が終わったときからの不文の取り決めではなかったはずではないのですか?」
「……失礼」
 司祭はそれだけを言うと、渋々、という様子で着席する。だが、彼の意見に、積極的とまで行かなくても、消極的に賛成している者は、一人や二人ではないだろう。
 実際、それが一番確実な選択肢だ。彼女が闇の血族でないというのとて、絶対である保障はない。暗黒神は狡猾でもある。自身の最大の後継者の力を隠してしまうことだって出来るのかもしれない。その可能性は、誰にも否定できない。
 そして、彼女がマンフロイの曾孫であるという事実が、彼女を危険視する意見に拍車をかけているのだ。
 闇の力を継承せし、暗黒の娘――彼らにはティアが、そう見えるのだろう。
 ざわざわと、場がざわめく。お互い、隣に座る者と相談しているのだろう。
 やがて、それが収束すると、先のプレーグス司祭が再び立ち上がった。
「さて……もう結論も出ていると思います。確かに、かの者は年端も行かぬ少女である。それは情状酌量の余地もあるのかもしれませぬ。しかし、だからといって、大陸すべてを混乱に陥れたほどの力の持ち主を、解放することなどできますまい……」
 死罪とまでは言わぬ。だが、永久に幽閉する、と司祭は続けた。
 それが、ギリギリの妥協点か。
 処刑するには、彼女自身の年齢もあって、はばかられる。だが、無条件で解放というのは、ありえない。
「では、セリス王。彼女に対する判決の宣言を……」
「待っていただきたい、司祭殿」
 突然割り込んだ声に、司祭は不快感を表そうとし、慌ててそれを押しとどめた。
「セ、セリオ王子……」
 今回の戦いを終わらせた張本人は、法廷の最上段の席から立ち上がると、階段をゆっくりと降りつつ、その場にいる人間全てを見回していく。まるで、その者たちを威圧するかのように
 その迫力は、とても十八歳のものではない。
「彼女――ティアは、闇の力などは継承していない。また、彼女自身の力は確かに不安定ではあるが、悪意ある存在がそれを利用しようとさえしなければ、なんら危険なものではない」
「そ、そんなことを……」
「実際に戦った私が言うんだ。それとも、私の言うことは信用できないか?」
 再び場がざわめく。
 確かに、暴走したティアの力を止めたのは、セリオ王子である。しかし、いかにして止めたのかは分かっていない。
 セリオも、ほとんど語らなかった。
 あの場にいた者は、ここにも少なくないのだが、その誰もが、あの闇の中で何があったのかは見ていない。
 セリオはそのざわめきの間に、法廷の一番底まで降りた。そして、ティアの前に立つと、まるで彼女に向けられる視線の全てを遮ろうとするかのように、再び法廷全体を――自分の父も含めて――見回した。
「だからといって、その娘が危険ではない、などといえましょうか!!」
 司祭は声を荒げる。それに、無言の追従が続いた。
「この娘の力がなんであろうと、邪悪なる存在が、暗黒教団の以前の教義を捨てない者たちがこの娘を利用することは出来るのではありませんか? そうなれば、再びあの恐るべき戦乱の繰り返しとなるだけでしょう!!」
 セリオはそれには答えない。
 それは、セリオ自身にも分かっていることだった。
 セリオは、この中で誰よりもティアの力を把握している。事実、彼女の力は、ロプトウスなど比較にならないほど危険なものだ。その力の淵源がなんであるかは、セリオにすら分からない。だが、その力の発現方法は、セリオはすでに分かっていた。そしてそれが、恐ろしく容易な手段であることも。
「……分かっている。だが、それでも私は、彼女を……ティアをここで処刑することも永久に幽閉することにも承服しかねる。それに、暗黒教団、と今言われたが、すでに黒の聖書は、この世界のどこにも存在しない。私が砕いた」
「しかしっ……」
 司祭がなおも口を開こうとするのを、反対側にいたシレジア王が手で制する。
「王子の言う通り、確かに黒の聖書は存在しなくなった……その意味では、闇の脅威は、その大半が取り除かれたといっても良いだろう……」
 そこでセティは言葉を切る。
 セティもまた、ティアに対する脅威を、理性ではなく感じているのだ。
 それも、かつてセリオに感じた脅威よりも、さらに恐るべきものだと感じているのである。
「黒の聖書の破壊、という偉業を成し遂げた王子には、素直に賞賛を送りたい。だが、その王子でも、この娘を止めるのに二つの神器を必要とした……この娘の持つ力がそれほどに危険であり、われらが……!?」
 いきなりセティは言葉を失った。
「言うまい、と思っていたのだけどね……私は、彼女を止めるのに神の力を使ってはいない……セティ王、あなたにならその意味がわかるはずだ」
 その言葉は、セティにだけ届いた。
 セティは、まるで無数の白刃にその身をさらしているかのような、あるいは、極寒のシレジアで、薄衣すら纏わず雪原に立っているかのような錯覚を覚えた。
「そ、そんな……」
 セティ王が狼狽する姿など、滅多に見ることが出来るものではないが、この時がまさにそれである。
 だが、セティはそれでも事前にセリオの力の程を、ある程度知っていた。だから、狼狽する程度で済んだのだ。
 他の者は、そのほとんどが硬直していた。
 魔力があろうがなかろうが、今セリオから放たれている気配は、尋常のものではない。おそらく、この場にいる全ての者が、その最大の力を以ってしても、何も出来はしない。
 最強の獅子に、兎が挑む様なものだ。対抗するどころか、正対して立っていることすら、おそらく出来はしまい。
「もし何かあれば、必ず私が止めてみせる。いや、彼女に何もさせはしない――」
 そこでセリオは、まっすぐにプレーグス司祭を睨んだ。その瞬間、司祭の身体が硬直し、がたがたと崩れ落ちる。だが誰も、司祭に救いの手を差し伸べる余裕などなかった。
「彼女に害をなすことは許さない。この私が――『光皇』セリオが、必ず彼女を守ってみせる」
 一瞬、場にいる者全て――セリスらも――息を呑んだ。
 セリオが、自ら『光皇』を名乗るのは、これが初めてである。
 先の戦い以後、セリオが『光皇』と兵の間はもちろん、騎士たちの間でも呼ばれるようになっているのは、無論セリオ自身も知っていた。ただそれは、彼に対する尊敬とともに、その莫大な力に対する畏怖を含んでいて、セリオはこの呼び名をむしろ嫌っていたのだ。
 だがそれを、あえて彼は自ら名乗ったのだ。
「無論、完全に放免というわけにはいかないだろう。だから、彼女の身柄は私が預かる。それでも、まだ不安か?」
 何か応えようとする者がいないわけではなかった。だが、誰も口を開くことは出来ない。
 数瞬の沈黙。
 その沈黙を破ったのは、セリオだった。
「……父上。法廷の進行は父上の役目です。私の弁護は、終わりましたので」
 あれを弁護というのか。ただの恫喝ではないか、と後に語った者がいなかったわけではない。
 だがこの時、セリスのティアの身柄はバーハラ王家で預かり、厳重な監視下に置くが、その身柄の幽閉などは行わない、とした判決に、意義を唱えられるものは誰一人いなかった。

 嵐は、いつの間にか終わっていた。




< 傷ついた者達


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