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敗北2




 時計の短針と長針が完全に重なる時間。ドン、という鈍い爆発音と共に、舞台の幕は上げられた。
 爆炎があがり、警備兵が右往左往し、消化だ、爆発だ、テロだ、という声があちこちに響き渡る。
 沙耶達はそれに紛れて、対人レーダーなどを無力化しつつ、タワーに肉薄した。予定通り資材搬入口へととりつき、中の様子を伺う。
 入り口付近にガードマンが一人。あとはここのスタッフだろう。外の警備兵同様、今の爆発音にうろたえている様子だ。
 シンは二人に目配せをすると、文字通り音もなく彼らに近付いた。直前にちゃんと監視カメラの位置を確認し、引っかからないように行く。足音はもちろん、気配すら感じない。見えているのにいることすら疑いたくなる。
 ほんの数秒でガードマンを含めた四人は気を失っていた。素早く監視カメラの死角に四人を横たえて、ガードマンの持っていた強化プラスチック製の拘束具で動けないようにする。あまりにも鮮やかな手際に、沙耶はぽかん、と口を開けてしまった
「さてと。こっからが本番だ」
 シンは電磁誘導銃(レールガン)を構え直し、安全装置の解除とマガジン弾倉のセットを確認する。そして、高周波振動剣(ソニックブレード)を展開した。彼は、接近戦を得意とするのでこの武器を好んで使うのだ。
 ソニックブレードとは、高圧縮されたチタンセラミック製のブレードを、目に見えないほど微細に振動させて敵を攻撃する剣である。刃渡りは五十センチほど。その切れ味は、戦車装甲をまるで紙のように切り裂くことが可能である。接近戦に限れば、レールガンよりも強力な武器だ。接近戦の得意なシンにとっては、最強の武器なのである。
「どっちに向かうかだねえ。まあ兵士が行かせまい、としている方向に多分クロリアの奴等はいるんだろうけど……」
 だが、今回の目的はクロリアのVIPの誘拐ではない。あくまで、クロリアの研究データの奪取だ。となれば、実は内部端末であればどこからでも奪取できる可能性がある。
「とりあえず、極力戦闘は避けようぜ。弾だって無限じゃないしな」
 シンの言葉に二人は頷いた。
 資材搬入口からは、当然すぐに倉庫がある。だが今回ここには用はない。最下層のこんなところは警戒していなかったのか、奇妙なほど警備員が少なく感じた。
 この辺りは公のデータベースで公開されている見取り図と同じで、とりあえずあっさりと階段まで着くことが出来た。さすがに止められる可能性も考えるとエレベーターは使えない。
 ランドマークタワーは、現在では地下六層、地上三十二層の建物で、これでもかつての半分程度だという。今いるのは第一層だ。登るか、下りるか。
「下りましょう」
 数瞬迷っていた三人の中で、最初に決断したのは沙耶であった。二人はちょっと驚いたように沙耶を見る。
「あ、いえ。根拠はないんです。ただ、なんとなくで……」
 確たる根拠など全くない。本当に、なんとなく下層に行った方が良い気がしたのだ。
「いや、この場合、それが重要だよ。まして沙耶ちゃんには眠っている力があるんだから」
「でも私は……」
「沙羅さんのためだろう。いいじゃないか。彼女を助け出すことだって、無駄じゃない。それに、どっちに行くのも同じようなものだ。なら、沙耶ちゃんの勘を信じるさ」
 マリアはそういってシンの方に振り返る。シンもまた、ニッコリと笑って同意してみせた。
「どっちに行ってもハズレかもしれないし当たりかもしれない。それより、時間無駄にする方がもったいないぜ」
 言うが早いか、二人はもう階段を駆け下り始めている。沙耶は慌ててその後に続いた。
 さすがに、一フロア下りるだけなのに、随分と階段が長い。五、六メートル近く下りた感じだ。とりあえず地下一階を探索することにした。
 階段のスペースを出たところは広間になっていた。不気味なほど静かだ。人の気配も感じられない。
 明かりは点いているから、別に放棄されたブロックというわけではないようだ。
 慎重に歩き出し、周囲を見渡す。広間といっても、どちらかというと各通路の合流点といったところだ。三方向に通路が延びている。右は非常灯のみ。中央の一つは煌々と明かりが点いていて、左は通路の入り口の扉が閉じている。
「さて。どれを行ったら良いのやら」
 シンがさも困ったという仕種を見せる。もっとも、実際にはそう困っているわけではない。どうせどこへ行けば良いか、など分からないのは最初から同じなのだ。
「ま、せっかくだから明かりを点けてくれている方に行こうか。どうせどこに行っても、見つかるときは見つかるし、当たりなんて分かりはしないんだから」
 マリアがそう宣言すると、シンは「そうだな」と言って歩き始めた。慌てて沙耶が後に続こうとして、沙耶は自分達以外の足音に気が付いた。それも複数。
「マリアさん、シンさん!」
 沙耶が振り返ったとき、すぐ二人も気付いたのか銃を構えていた。シンは、左腕でレールガンを、右腕でソニックブレードを持ち、いつでも戦えるように体勢を整えている。
 途中で、足音が止った。数瞬の沈黙。それは、コン、という小さな音によって破られた。
「手榴弾!」
 マリアの声と同時に、扉が吹き飛んだ。
 まさか、いきなり手榴弾で扉を破るとは思っていなかったため、これには不意を付かれた。だが、それで対応が遅くなるようなことはない。
 破壊された扉から、数人の人影が入ってきた。味方ではない。味方ならこんな無茶はしないし、それに識別用の特殊信号発信機をつけているはずである。
 これは、万に一つに備え同士討ちを避けるために全員に持たされたもので、極微弱で特別な周波の電波を発信する装置だが、これがあればゴーグルに反応が出るのである。だが、彼らには一人としてそれがない。つまり、仲間ではなく、またこのような行為をする時点で友好的な相手とも思えない。
 銃声が響いた。火薬によって弾を発射する従来の銃とは異なるその音は、電磁気誘導で弾を発射するレールガン独特の音だ。マリアの撃ち放ったそれは、正確に影の一つを捉え、まだ手榴弾の煙でよく見えない視界の中で、一人が倒れる。
 沙耶も、反射的にトリガーを引いていた。
 銃身がかすかに震えて、電磁誘導された弾丸が、凄まじい速度で飛び出していく。そして、その銃身の向いた方向にいた一人に、容赦なく襲いかかった。
 血が飛び散る。貫通力を持たせた鉄甲弾と、何かに当たった瞬間に小さく爆発する炸裂弾とが交互に対象に命中したのだ。対象は一瞬で意識を失い、わずか一秒で生者から死者へと変わる。起こされた行動は、トリガーを引くという単純な行動だというのに。
 実際相手もむざむざと殺られるつもりはもちろんなかった。だが、三人は扉の影から半身だけ出している相手を、確実に捉え、致命傷を与えるのだ。その技量の差は圧倒的である。
 慌てた敵の一人が、さらにもう一つの手榴弾を投げ込んできた。
「あまい!」
 言うが早いか、シン右腕が一瞬踊るように振り抜かれた。もちろん、その手は素手ではなくソニックブレードが握られている。
 爆発用の信管と火薬を分離された手榴弾は、爆発することなく床に転がった。
 さらにそのまま、シンは敵の方に突っ込んで扉ごとその後ろ側に隠れていた敵を斬り裂いた。
 わずか十秒たらず。それで戦闘は終了していた。
「よくやったね、沙耶ちゃん」
 マリアが、ポンポンと沙耶の頭に手を置いた。
 すでに、自分達以外動くものはいなくなっている。そのうちの数名は、確実に自分が動かなくした。いや、殺したのだ。
 もちろん、そのためにトリガーを引いたのだ。当たり前の結果である。だけど、なんて光景だろう。夢の中で見た光景を、やり方こそ違えど、結局またやってしまっている。その事実に、ガタガタと震えている自分がいた。
「沙耶ちゃん。人を殺すのは、間違いなく罪悪だよ。だけどね。それでも私達は行かなきゃならないんだ。今は、立ち止まる時じゃない。この罪は、後で考えなさい」
 マリアはそういうと、沙耶の肩を抱く。それだけで、震えが少しだけ止まった気がした。
「そうさ。とにかく生き延びることだ。死んだらそれでお終い。生きて、自分がやってきたことに対して責任を取らなきゃならない。そこまで、俺達がやるんだ」
 言いたいことは分かる。そうだ。確かにここで立ち止まるわけにもいかないし、殺されるわけにもいかない。やるだけのことをやって、それからその結果に責任を取ればいいのだ。
 沙耶は、「はい」と言おうとして、シンの言葉に、マリアが驚いたような顔をしているのに気が付いた。
「あんた……たまには真面目なことも言うんだねえ。驚いちゃったよ」
 その言葉に、シンがこれ以上ないほど情けない表情になる。
「あのさ……俺だってやるときはやるし、場をわきまえているつもりだぜ?それをなあ。ひどいと思わない?沙耶ちゃん」
 次の瞬間、マリアの拳骨が飛ぶ。それで、沙耶は笑い出してしまった。多分この姉弟は、どんな戦場でもこういう風なんだろう。それは、決してふざけているわけではない。
「はは。そう。とりあえず笑えるうちは大丈夫さ。さあ行こう。ただ、敵がきたってことは、もう侵入はばれているんだろうけどね。これからは気合入れていかないと、危ないぞ」
「あんたに言われなくても分かってる」
 仕切るな、といいマリアの視線を無視して、シンが走り出した。沙耶、マリアもその後に続いた。

******


「始まったな」
 最初の爆発音が何か、ランドマークタワーにいるクロリアの人間の中で、正確に把握している人物はそう何人もいなかった。
 その一人である、月宮一樹は、展望室でうろたえる自分の上司達を見て、一人ほくそえんでいた。
「くくく……。臆病な者どもだ。もう十分に生きただろうに。まあ、このためにわざわざ、彼らを呼んだのだからな」
 彼らの能力はさすがに高い。よく鍛えられている。さすがは、この日のために鍛えていた連中だ。だが、だからこそ、デモンストレーションとしては最適なのだ。
 クロリア内部には、未だに特殊能力者の力を疑問視する声がある。無理もないところだ。だから、まずは、彼らに特殊能力者の有用性を示さなければならない。
 そのために、月宮はわざと今回の情報を漏洩した。もちろん、罠と気付かれることない様に細心の注意を払いながら。
「さあ、せいぜい暴れてくれ。そしてその血で、私の栄光への道の礎となるがいい」

******


「ちっ、いきなり大歓迎かよ!」
 沙耶達は地下二階に来たところで、いきなりの大歓迎を受けた。無論、出されるものは料理などではなく銃弾である。
 階段を降り切ったところでのいきなりの攻撃であった。そのくせ、完璧に気配を消されていたので、完全に不意を討たれるかたちになった。つまり、それだけの手練れということである。
 とりあえず壁際について状況を確認する。数は六人。いずれもレールガンを持っている。この壁ではレールガンの攻撃にはいつまでも耐えられるかどうか分からない。だが、かといって迂闊に飛び出そうものなら、蜂の巣にされるのがオチだ。
「よりによって最悪の場所だな、ここは」
 シンが毒づくが、だがそれで状況が好転するわけではない。敵の攻撃は適確で、迂闊に通路に出られないように牽制する役と、壁自体を攻撃する役に分かれている。これでは、壁が破壊されて身を隠すものがなくなるのも時間の問題だ。さらに相手は、思考する時間すら与えないつもりのようだった。
「げ、あれは荷電粒子砲(プラズマカノン)!」  相手が持ち出したのは、バズーカ砲のようにも見える。名前は、マリアも沙耶も知っている。高圧縮された荷電粒子を電磁誘導で撃ち出す。原理はレールガンと同じだが、撃ち出すものが違う。破壊力も桁違いだ。最新式の戦車でも一撃で破壊してしまう。
 欠点は射程がまだ短く、連射ができない。また発射に多少の時間がかかる。とはいえ、人が持つことが出来る大きさの火器の中では間違いなく最強の威力を持つ武器の一つだ。今彼らが身を隠している壁など、彼らごと破壊してしまう。
「援護、お願いします!」
 その声が沙耶の声であるということに、二人は一瞬気付かなかった。
 次の瞬間、沙耶は壁の外に飛び出した。当然、銃撃は全て沙耶に集中する。
 しかし沙耶は、およそ人間では考えられないほどの速さで相手に照準を絞ることをさせなかった。直後、仲間の三人が倒れている。マリアとシンの銃撃だ。
 慌ててその二人に攻撃しようとしたとき、沙耶からも銃撃が放たれる。それは、正確にプラズマカノンの電源部を直撃し、一瞬で破壊してしまった。
 直後、プラズマカノンが彼らの後ろで爆発する。その爆発に煽られ、彼らの隊列が乱れた瞬間、シンはその爆発に紛れて一気に突っ込んでソニックブレードを振るい、戦闘は、終了した。
「沙耶ちゃん、危ないじゃないの!」
 落ち着いて一息ついた後のマリアの第一声である。
「まあまあ。実際、彼女の機転がなければ、俺達全員、あの化け物にやられていたんだから。でも、次からあんな無茶はしないでくれよ。実際、心臓が止まるほどびっくりしたんだからな」
「はい」
 沙耶は素直に頷いた。だが、沙耶も全く勝算がなくてあんな行動をしたわけではない。確かに、根拠はなかった。だが、当たらないほど速く動く自信はあった。
 もっとも、やってみて思ったよりずっと怖かったのは事実だ。出来れば、もうやりたくはない。
「まあこれだけの待ち伏せがあったんだ。この先には何かがある、と期待……」
 シンが言いかけたとき、もう敵は現れていた。慌てて三人は適当な遮蔽に身を伏せる。こうなると、もはや運だ。弾があたらないことを祈りながら遮蔽から身を乗り出し、見えた対象に端からレールガンを斉射する。接近戦などやっている余裕もない。
「さすがに、ちょっとこれはヤバイか?歓迎しすぎだぜ、まったく」
 シンが毒づいたとき、突然敵の攻撃が止んだ。数瞬、三人はお互いの顔を見合わせる。
「おい。こっちはもう大丈夫だ」
 聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。特に、沙耶にとって。
「陣さん!」
 そこに立っていたのは、確かに蓮条陣だった。マリアとシンも、まさかここで彼に会うとは思っていなかったので驚いている。
「なんか派手な音が聞こえてきたのでね。まさかお前達がいるとは思わなかったが。だが、いいタイミングだったようだな」
 見てみると、警備兵たちは全員、気絶してしまっている。
「一体どうやった?これだけの人数を」
 マリアが警備兵の武器を奪いつつ訊ねた。十人はいたはずの警備兵を一瞬で無力化するなど、いくら特殊能力者でも難しいはずだ。
「たいしたことじゃない。サイコキネシスで空気を固めて、それでまとめて連中を殴っただけだ。連中、後ろに対して完全に無警戒だったからな」
 あっさりと言ってくれるが、決して容易なことではない。組織の中でも最大のサイコキネシスの使い手といわれている、陣ならではだ。
「まあ、怪我がなくてよかったよ。とりあえず、ここから同行していいか?」
 その申し出を断る理由は、沙耶たちにはない。
「それはいいけど、あんたと一緒に突入した連中は?」
 確か、特殊能力者たちも数人ずつのチームを組んで突入したはずである。
「はぐれた。というよりは、始めから突入した後は別行動、という風に決めてあったんだ、俺たちは。クレスとライディは上層階へ。俺は下層階へ、というわけだ。だから、会えたのは本当に偶然だな」
 沙耶としては、その偶然に感謝したい。陣が来てくれなかったら、自分たちの命も危なかったのだ。
「そうか。どっちにしても助かるよ。このルートはこれだけの兵を配置しているんだ。なんかある、と見て間違いなさそうだからね」
「それなんだが……」
 珍しく陣にしては歯切れが悪い。
「奇妙だが、ほとんどのチームが、あまりにも見事に待ち伏せを受けているようなんだ。まるで、俺たちの動きが分かっているかのように。監視カメラ等は端から無力化してるにも関わらず、だ。こうなると多分……」
 陣はそこで一度言葉を切る。沙耶は彼の言わんとすることに気がついた。
「そうか。透視能力。私たちが知るレベルより、もっと強力な能力で、このタワー全体を見通す力がある能力者がいたとしたら」
 陣は黙ってうなずいた。
「ちょっと待ってよ。じゃああたし達は、どう動いても敵に見透かされているってことかい?」
 冗談じゃない、というようにマリアが言う。だが、それが現実というものだろう。特殊能力者に関する限り、敵の方が上なのはどうしようもない。
「やりようによっては何とかなるさ。とりあえずそうなると、俺たちも単独で行動するのは危険だろうからな。マリアたちのサポートが欲しい、というわけだ」
「了解。頼りにしてるわよ。でも、沙耶ちゃんがいるからじゃないの?」
 いきなりそう言われて、一番あせったのは沙耶であった。自分でもなぜそんなにあせるのかはわからないし、大体敵地で何をそんなに取り乱しているのだ、とも思うのだがどうにも制御できない。
 だが、陣の答えは素っ気無い。
「仲間を失いたくはない。それだけだ」
 沙耶としてはちょっと安心したような、ちょっと残念なような心境だった。
 だが、それほどゆっくりしていられるわけではない。もし敵がこちらの動きは完全に把握できるのであれば、敵が兵を送り込む前に移動しなければならない。仮に強力な透視能力者がいたとしても、タワーの全てを常に監視していられるとは思えない。なら、情報が伝達される前に次の場所に動けばいい。
 それに、クロリア側は今回の目的はVIPの誘拐だと思っているだろうが、こちらの目的はデータの奪取だ。そこに隙が生まれるかもしれない。
「さて、行こうか!」
 マリアの号令で、一人増えて四人になったチームは、さらに下層を目指して走り出した。




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