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沙耶と陣は月宮のほぼ想像した通りの方法で突入していた。 陣は建築用鉄骨や基幹工事用のチューブカバーなど、適当な重量のものをタワーの上空三千メートルから連続的に落下させ、現場の混乱を招いたのである。気をつけたのは、間違って市街地にそれが落ちないようにすることと、タワーに直撃はしないようにすることだった。もっとも、その可能性が低くなるように、わざわざほとんど風のない今日を選んだのだ。 一方、沙耶はタワーのすぐそば――かつて襲撃した時の通路はそのままだった――に隠れ、陣に向かっていこうとする特殊能力者相手に攻撃を仕掛ける。通常武器は最初の不意打ちしか効果がないだろうが、続いた閃光弾などはかなり効果があったはずだ。彼ら特殊能力者には、普通の銃弾などは通じない。だが、その自負が、彼らをそういった特殊な武器に対しても無警戒にさせているのである。そして陣は、タイミングを見計らって、残った投下用のものを一気に落とし、それにまぎれて自分も降下したのである。 そしてその際に、念動力の壁を作って陣自身の落下速度を利用して外にいた敵全員を殴りつけたのだ。多少減速していたとはいえ、高度三千メートルからの自由落下による加速がついたその圧倒的な力によって、彼らは地面に叩きつけられた。防御本能によって念動等で受身は取っただろうが、それでも全身に凄まじい衝撃を受け、数日間は動くことなど不可能なほどのダメージを受けたはずだ。 あとは堂々と正面ゲートから入っただけ。もっとも、そのゲートに一個中隊もの兵士が待機しているとは思わなかったが、今の彼らの相手になるはずもない。 逆に待機していた部隊にとっては文字通り悪夢だっただろう。 雨のように浴びせられる銃弾は、全て侵入者を傷つけることは出来ず、そして侵入者の銃撃は的確に自分達の武器を破壊し、四肢を撃ち抜いていったのだ。 そして、その常識はずれの侵入を果たした二人組は、中央の大階段を駆け上がっていったのだ。 「前はすぐ地下に向かったけど、すごいですね、ここ」 ランドマークタワーの下層部は大きな吹き抜けになっている。そこが完全な吹き抜けなら、吹き抜けのそばを駆けると上から打たれるのだが、現在は吹き抜け中央を貫いて大型エレベーター――既に二人によって破壊されているが――が設置されて、フロアごとに区切られているため、その心配はない。もっとも、吹き抜けであった方が、今の彼らには都合が良かったのだが、さすがにそればかりはどうしようもなかった。 最初、沙羅は前同様地下にいるのでは、と考えて二人は地上階から侵入したのだが、タワーに入った途端、沙耶が沙羅は上層にいる、と感じたのである。こんなことなら屋上から侵入すればよかった、とも思うが今更外に出ることは出来ない。いくら二人が強力なったとはいっても、最初のように上手く不意をつかない限り、数十人の特殊能力者を同時に相手取るなど自殺行為にも等しいのだ。 「多少予定は狂ったが……まあ予定通り、だな」 陣は少し疲れたように肩を上下させて呼吸している。いくら強力な念動力を使うようになったとはいえ、まったく疲労しないわけではない。 「うん。あとは沙羅のいる場所だけど……」 沙耶の言葉から自信がなくなる。 タワーに入った瞬間、沙羅を強く感じた。そしてそれが、自分の上からだったから、沙羅は上にいる、と言ったのだが、沙羅の気配は最初だけで、今は全然分からない。それに、もしかしたらもう移動しているかもしれない。そうしたら、自分達は沙羅からどんどん離れていることになってしまう。 幾度か、透視してみようとしたのだが、このタワーはほとんど見通すことが出来なかった。 「やっぱり、見つからないか」 「うん、ダメ。透視能力を無効化する素材とかがあるみたいなの」 「ま、今更言ったところでな!!」 階段をちょうど昇り終えるところで、陣はいきなり磁気誘導銃(レールガン)を斉射した。レールガン特有の発射音が響き、凄まじい速度で弾丸が打ち出される。だが、その弾丸が何かに着弾する音は、まったく聞こえなかった。 「もう出てきたか!」 陣はすでにレールガンは捨てている。もう普通の兵士は出てこないに違いない。この先の相手は、レールガン程度が通じる相手ではない。通じるのは、同じ力のみ。 直後、予想通り何かが凄まじい速度で飛来した。だが今の陣にはそれははっきりと見えている。いや、見えているのではなく、感じている。亜音速にも等しい速度で飛んでくるそれを見切るのは、いかに特殊能力者といえども不可能だ。だが陣は、自分の周囲の空間全てを己の『力』の支配下におき、そこに侵入した物体全てに同時に『力』を及ぼすことが出来るのだ。 その飛来した物体――ニードルはその空間の中に入った途端、急激にその運動エネルギーを失った。そしてそのまま、くるり、と反転し、来た威力の数倍で送り返される。それはもはや、見切ることなど到底不可能な速度で、最初にニードルを投じた対象に襲いかかった。 音速をはるかに超えたそれは、かすかなソニックウェーヴを発生させ、目標を容赦なく貫く。さすがの陣も、能力者相手に手加減などする余裕はなく、相手は自分のニードルを受け、次々に倒れ、動かなくなる。 「沙耶。とにかく移動しよう。いつまでも同じ場所にいると囲まれる」 沙耶はうなずくとすぐ走り出した。一瞬立ち止まって、気配を探る。その後、迷わずまた階段を駆け上がり始めた。 「まだ上!」 はっきり言って、何の根拠もないものではある。だが、沙耶には、沙羅が近くに来たら必ず分かる、という確信めいたものが、なぜかあったのだった。 |
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「……すばらしい力だな。さすがはSランク。A08も今では完全にSランクだな」 月宮は感心したようにモニターを見ていた。 沙耶と陣は誰にも止められなかった。陣の圧倒的なサイコキネシス念動力と、沙耶のバランスのよい能力は、クロリアの特殊能力者を次々と撃退していく。攻撃側のクロリアの特殊能力者は、一人で熟練の傭兵一個中隊に匹敵する戦闘能力を持つ。そしてそれぞれが三人一組で行動し、互いの弱点を補いつつ戦う時の戦闘力は、一組で一万人以下の軍事拠点の壊滅すら可能なほどである。しかし今、彼ら二人はそのチームが次々に襲いかかってきても、まるで雑魚を倒すように撃退していく。始めから勝負になっていないのだ。 しかも彼らは、迷うことなく階段を上りつづけていた。目指す場所が、まるで分かっているかのようだ。 「……いや、分かっているのだろうな」 月宮はそう言うと、振り返った。 その視線の先には大きな一枚ガラスがあり、その向こう側の部屋の中央に、一人の女性が椅子に座らせられている。その椅子はただの椅子ではなく、その女性の手足をそれぞれに拘束していて、その周囲には、なにやら良く分からない機械が、彼女を取り囲むように配されていた。 「健気なものだと思わないか?」 月宮はその女性――沙羅に声をかけた。だが彼女は答えない。 「君のその周囲にある機械は、君の能力を封じると同時に、君自身の存在も透視能力等から完全に隠す。一般に言う、気配――まあ我々の研究では、それがESPなのだが、これも遮断する。つまり、沙耶君が君を感じることはできるはずはないのだが――」 モニターの一つが唐突に消え、すぐ切り替わった。どうやら戦闘の影響で破壊されたらしい。 沙耶と陣は、迷うことなくまた階段を上っている。 「これも絆の力、というものかな」 沙羅は応えずに、ただ月宮を睨み続けている。パチ、という音がして、髪が僅かに浮き上がっていた。 「……たいしたものだ。その状況でまだ力を僅かなりとも使えるか。まあだが、そう無理をするな。ちゃんと君も解放するよ」 月宮はそう言うと、オペレーターの方に向き直った。 「さて、そろそろいいだろう。彼らも予定のフロアに来るようだからな。S班を全員、模擬戦闘空間(シミュレーションホール)に待機させろ。また、迎撃に出ている連中に、彼らをそこに誘導するように伝えろ」 「は、はい」 オペレーターが緊張した面持ちで命令を伝達する。それを確認すると、月宮は再び沙羅の方に向き直った。 「さて。そろそろクライマックスだ。私と父が研究を続けた成果――それを、確認させてもらうよ。無論、君達の力と共にね」 小さな笑みが、やがて大きな哄笑に変わる。その笑いに、狂気を感じなかった者は、この場には一人もいなかった。 |
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敵の動きが少し変わった、と気付いたのは陣が先だった。 これまで同様、攻撃をかけてくるのだが、攻撃に厚みがない。いや、正しくは付け入る隙を見せている。 「彼ら、私達をどこかへ誘導したいみたい」 「テレパシーか?」 「うん。といっても表層の意識しか感じ取れないけど……」 彼らの精神には何もない。ただ彼らに命じられた命令を感じ取れるだけなのだ。ただその中に、彼らが自分達をどこかに誘導しようとする意思が感じられる。それが、彼らの攻撃に変化として現れているのだ。 「ならせっかくの招待だ。お受けするぞ」 「ですね」 沙耶の言葉と同時に、敵のニードルが飛来する。沙耶はニードルをすばやく避けると、そのまま一気に間合いを詰めた。そして自分と敵との間にある空気を念動力で一気に弾く。弾かれた空気は、圧倒的な圧力となって敵に迫り、防御する暇すら与えずに吹き飛ばした。吹き飛ばされた数メートル先は壁。だが、本能的に念動力で叩きつけられる前に止めたらしく、壁が奇妙な形にひしゃげる。だがその途端、敵は動けなくなっていた。いくら特殊能力者とはいえ、その身体は人間だ。時速数百キロで吹き飛ばされたのを、いきなり速度ゼロにして無事ですむはずはない。 「パーティー会場はこの先みたい」 沙耶は確信を持って断言した。今吹き飛ばす瞬間に、敵に一瞬触れ、その思考を読んだのである。 テレパシーは、対象との距離が近ければ近いほどその威力を発揮する。沙耶の場合、元々表層の意識しか読むことは出来ず、また五メートルも離れるとほとんど分からないのだが、それでも接触すると、格段にその精度が上がることが分かっていた。 この実験は主に陣で試していたのだが、陣は「なんか気持ち悪いくらいだな」とぼやいていた。だが、今はその力が役に立つ。 「……どうやらこの先は、会場まではご案内らしいな」 二人がドアロックの前に来ると、そのドアが自動的に開いた。そのまま次々に開いていく。 「そうみたい……。まあ、楽でいいけど」 「違いない」 その通路は、ある種奇妙な感じがした。 いくつもの隔壁――二人が前に来るたびに開くが――によって遮断され、タワーの中心に向かっている。そもそも来た時から奇妙なフロアだとは思った。これまでのフロアは研究室が並ぶ廊下が階段からすぐあったのに、ここは何もなく、ただタワー外周を巡る通路だけ。だから怪しいと思って調べたのだが、どうやらビンゴだったらしい。 「これだけ厳重に隔離してあるんだ。中央部には何があるんだろうな」 陣がそうぼやいた時、再び目の前の隔壁が開く。そしてその先は、通路ではなかった。奇妙な円形の空間。天井は異様なほど高く、五フロア分くらいは貫いている。円の直径は二十メートルほど。ちょっとしたスポーツなら出来そうだが、そういうための空間とは思えない。沙耶は、本で見たコロッセオのようだ、と思った。ちょうど、直径二十メートルくらいの球体がすっぽり入りそうな大きさだ。 「ようこそ。沙耶君。そして陣君」 その声に、二人ははっと上を見た。そこには大きなガラスで囲まれた、ちょうどこの空間を見下ろせる場所に、スポーツスタジアムのVIP席のように張り出したガラス張りの部屋がある。そしてそのガラスのすぐ向こう側に立っている人物を、二人はもちろん忘れてはいなかった。 現クロリア極東総支配人月宮一樹。 特殊能力者を使い、次々と自分の対抗者を消してのし上がり、そしてまた、沙羅を攫った男。 だがそれ以上に、この男は危険だ、という気がしてならない。こうして向かい合っていると、その予感はさらに強くなる。 「挨拶は省くぞ」 陣はそう言うと、十数本のニードルをケースから取り出した。そしてそれを放り出す。だがそれらは、一つとして床に落ちはしない。 「わざわざ誘ってくれたから来たんだ。沙羅さんはどこだ」 陣は自分の周囲に十本以上のニードルを浮かせたまま月宮を睨んだ。たとえ彼の前にあるガラスが防弾ガラスであろうとなんであろうと、この距離ならばニードルは簡単に貫く。 一方沙耶は、何かこの空間そのものから圧迫感を感じていた。 自分達を押しとどめるようなものではない。だが、何か閉鎖的な、そんな気がしたのである。 「ふむ。そうだな。では、まずは感動の対面といこうじゃないか」 月宮が合図をすると、二人のすぐ後ろで音がした。振り返ると、二人の背後の壁――隔壁だったようだ――が開いていく。そして、そこに立っているのは―― 「沙羅!」 確かにそこにいるのは沙羅である。特に何も拘束されている様子もなく、またどこか異常があるようにも見えない。 沙耶は走り出し、そのまま沙羅に抱きついた。沙羅は沙耶を、優しく抱きとめる。 「沙羅、無事なの?本当に沙羅なのね?」 沙耶は沙羅にしがみついて泣きじゃくる。沙羅は沙耶の頭を優しくなでた。その感触すら、沙耶には懐かしい。あの、孤独と恐怖に震えていた夜も、沙羅はこうやって慰めてくれた。 「ほらほら。もう泣かないの。大きいんだから……」 沙羅は困ったように沙耶の涙を拭いつつ、陣の方に向き直った。思わず陣は、緊張してしまっていることに気が付く。 改めて、沙耶と沙羅を見比べると、驚くほどよく似ている。ただ、その雰囲気がまるで違うのもまた、不思議だ。それが何に起因するのか、実は陣は漠然とした答えが出ている気がした。 「貴方が、沙耶をここまで?」 「ああ、いや。俺一人では到底無理でした。沙耶の――沙耶さんの努力の成果です、これは」 「……ありがとう、沙耶を支えてくれて」 漠然とした答えが、半ば確信に変わりかけたとき、不快な声がその場に割り込んできた。 「ふむ。感動的な再会というわけだ。私に感謝してもらいたいくらいだ。いや、この感動的な光景は十分その報酬といえるかな」 心にもないことを言っている、というのがありありと分かった。反吐が出る、という表現はこのようなときに使うのだろう。よくもまあそんな台詞を言えるものである、と陣は心中で毒づいた。いっそ役者にでもなれ、といいたかったが、それはそれで観客が可哀想だろう。 「どういうつもり?何を考えているの?」 沙羅は沙耶を抱きしめたまま月宮を睨む。だが、月宮はそれを気にした様子もない。 「さて。ここで一つ昔話をしようか。始まりは……そうだな。二十七年前か」 そこで初めて沙羅が動揺した。 「やめて。いまさらそんな話をしてなんになるというの」 沙羅の声がはっきりと分かるほど動揺している。だが、その反応は月宮には予期していたことなのか、満足気に笑うだけだった。 「いまさらということもないだろう。沙耶君にとっては重要なことだよ。自身の出自を知ることは、人として当然の権利だろう?」 その言葉に、今度は沙耶が混乱した。確かに自分の知らない出自を、月宮が知っている可能性は十分にある。だが、沙羅の反応は明らかに彼女もそれを知っていることを意味している。一体なぜ、沙羅も知っているのか。 その彼女らの反応を愉しむように、月宮は言葉を続けた。陣は攻撃して、それを止めさせようと思ったが、なぜか身体が動かない。それはあるいは、彼もまた、真実を知りたい、とどこかで願っていたからなのか、それは後になっても分からなかった。 「我がクロリアでは、三十年程前から、ある研究を行っていた。それは特殊能力者を最初から作り出す、つまり人工的に特殊能力者とすることだ」 それは沙耶も知っている。取り戻した記憶の中に、そういうデータがあったのだ。 胎児の、いや、受精した段階から様々な処置を施し、生まれながらに強力な特殊能力者を作り出そうとするもの。だが、それらは全て失敗し、クロリアはその計画を断念したはずだ。ただ、その研究過程において、既存の能力者の能力を爆発的に向上させる方法が確立したのだが。 「この計画はことごとく失敗に終わった。まともに生まれてこない実験体ばかりだったのだ。生まれたと思ったら一週間で死亡したり、あるいはそもそも生まれて来る前に脳細胞が死んでいたりね。ところが、ただ一人だけ例外がいた。それが私の父、月宮俊三の研究所で生まれた存在。コードナンバーSR01。現在では『沙羅』と名乗っている女性だ」 沙耶と陣は驚いて沙羅を見た。沙羅は唇を噛み締めて、ガタガタと肩を震わせている。 沙羅が作られた存在。その事実は、二人にとって衝撃だった。だがそれならば、彼女のずば抜けた能力も納得がいく。そもそも、根本的に普通の特殊能力者とは存在が違うのだ。 「このSR01の潜在能力は素晴らしかった。だが、父俊三はこの存在をクロリアから隠し、独自に研究を進めた。クロリアには普通の特殊能力者とふれこんでね。そしてこのSR01の遺伝子を使って、さらに強力な特殊能力者を作り出そうと考えたのだ。それが十七年前。そう。彼女の卵子を人工授精させ、彼女の子供を作り出そうとしたのだ。だが、彼女の遺伝情報はかなり特殊だったのか、そのほとんどが失敗した。まあさらに、SR01に施した処置も施したからね。そしてそのただ一人の成功例が……」 沙耶もすでに話の展開は分かってきていた。もうこの先の内容は聞くまでもない。 「SC01というコードナンバーがつけられた存在。つまり沙耶君、君なのだよ。君と沙羅君が似ているのは当たり前。君たちは血の繋がった親子なのだからね」 なんとなく血の繋がりはあるのではないか、とは思ってはいた。それはなんとなく分かっていたのだ。だが、まさか親子だったとは。 一方陣は、自分の予感があたっていたことを、確認した。そう。二人は、その存在がお互いに特別なのだ。母と娘。恐らく、陣は沙羅を単独で見たら、沙耶に非常によく似ている女性、としか思わなかっただろう。だが、沙耶がいると、彼女は『母』の顔を覗かせていたのだ。それが、沙耶と沙羅の違いを際立たせていたのである。 そんな彼らの同様などまるで気にしないように、月宮はそのまま言葉を続けた。 「ところがSC01の誕生後に、SR01が能力暴走によって脱走してしまった。まあ正しくは死んだと思われていたのだが。ちなみに私の父はこのときの事故で死んでしまったよ。まあどうでもいいことだな」 月宮は父のことなどまったく歯牙にもかけていない。彼は、自分以外の全てを見下しているのだ。 「SR01を失ったのは痛かったな。私は当時まだ駆け出しの研究者でね。親の七光りで研究所を引き継いだが、その時に君達の存在を知った。当時、SC01は通常の特殊能力者として訓練されていたのでとりあえず放っておいた。実際、潜在力はかなり高いと評価され、Sランクではあったが、正直父や私が期待したほどではなかった――そう思えた。しかし、SR01には自分の子供のことがわかっていたようだね。まさかあのような『仕掛け』をしているとは、夢にも思わなかったよ。違うかね、沙羅君?」 「……そうね。確かに沙耶に『解放』のキーワードを設定したのは私よ。沙耶が脱出できるだけの力が身に付いた時に発動するようにね。一種の暗示のようなものだけど」 自分のことを話している、というのは分かったが、沙耶にはそれ以上、何のことかさっぱり分からなかった。 「ふむ。やはりな。しかし沙耶君は覚えていないようだな。君が我々の元から脱走したとき、君自身の中でそれを命じた何かがあったはずなのだが」 「私の……中……?」 その言葉で沙耶は思い出した。 あの、かすれた記憶の最後。 『逃げなさい』というあの言葉。 あれは、沙羅の言葉だったというのか。 「どうやら君たちに精神制御が効きにくいらしい。いや、真性の特殊能力者だからなのかも知れんな。沙羅君にいたっては自分自身で自我を獲得して脱走しているのだからね」 「自我がなければ人間ではないわ。あなた達のやり方は、そこから間違っているのよ」 その言葉に、月宮はなんの感銘も受けなかったようだ。そして彼が何を言いたいのか、それは彼の目がそれを何より雄弁に物語っていた。 彼は明らかに、特殊能力者を人間扱いしていないのだ。 「さて。これで大体は話したかな。それでは、取引といこうか。沙羅君、沙耶君。私の元に戻れ」 「一方的ね。それは取引とは言わないわ」 すると月宮は心外な、という顔をしてパチン、と指を鳴らした。すると正面の壁が開いて、六人ほどの沙耶と同じくらいの年齢の少年少女が出てきた。 彼らが普通の少年少女ではないのは、明らかだ。 また、沙耶はそれとはまた別に、底冷えのするような恐怖を感じた。 それが何なのか、今の沙耶には分からない。漠然と、不安めいたもの、そんな気もする。 「取引材料は君たち自身の命だ。悪い話ではないと思うのだが?」 沙羅は沙耶からゆっくりと離れると、六人から沙耶を庇うように前に立った。 「それは脅迫っていうのよ!」 直後、沙羅の掌から光が月宮に向けて放たれた。だがそれは、唐突に空中で霧散した。まるで、何かの壁にあたったかのようである。 「ほう。やはり交渉決裂か。では残念だが、君たちは廃棄処分とするしかないな。彼ら六人は我がクロリアが作り出した特殊能力者の中でも、もっとも強力な者達だ。君とほぼ互角と考えていいぞ。なにしろ、君達を作り出した研究した成果から作られた能力者だからな」 その言葉に、三人は一瞬凍りつく。 「生まれる前に改造するのは失敗率が高すぎてね。だが、心身ともに未発達でも、人間としての機能が出来上がった状態に処置を施すと、非常に強力な特殊能力者が作れるのだよ。そいつらは、いわば君達の親戚のようなものだよ」 「冗談!!」 沙羅が今度は、光を六人に向けて放つ。だがそれは、造作なく回避され、壁を直撃した。だが、壁は傷一つつくことなく光を弾いている。 「心のない人形を作り出して!!」 「そう言わんでくれ。どうしても自我は途中で崩壊してしまうのだよ。まあその代わり、非常に命令に忠実な兵士となるがね。ああそれから、ここはシミュレーションホールといってね。ここの壁は多少のパワーでは壊れない。安心して戦ってくれたまえ。ただ、転移能力(テレポーテーション)は無駄だから」 その言葉と同時に、今度は六人のうちの一人が放った光が壁を直撃した。やはり壁にはほとんど傷がついていない。 「ダメ……」 「沙耶、危ない!!」 沙羅の声で、沙耶ははっとなって身を伏せた。直後、エネルギーの奔流が自分が立っていた場所を薙いでいく。 沙耶はそのまま、がたがたと震えていた。 「沙羅……ダメ、ここで戦ったら……」 漠然とした恐怖は、確信に変わっていた。 予感、というのだろうか。 今ここで戦ったら、自分はかけがえのない存在を――もっとも失いたくない存在を一つ失う。それが、沙耶には分かってしまった。そして、今ここにいるのは、沙羅と陣。どちらも、沙耶にとっては絶対に失いたくない、かけがえのない存在。 「ダメ……戦ったら……ダメ……」 だが、沙耶の願いを彼らが聞き入れるはずもなく、無表情のまま攻撃をしかけてくる。 「お願い、やめてぇ〜〜!!」 その沙耶の叫びに応えたのは、暴力的な破壊の意思であった。 |