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 その戦闘は、これまで人類が知るどのような戦闘とも異なっていた。剣を持って戦うわけでもなく、銃弾が飛び交うこともない。戦場は地面に縛られることなく、だが戦う者達はほとんど何の道具も使ってはいない。縦横無尽に飛び交う戦士の様は、さながら無重力空間で戦っているかのようだが、ここが重力下であることは、壁などに叩きつけられた戦士がずるずると下に落ちることや、僅かに滴っている血が下に向かって落ちていくことで分かる。
 戦士たちは時には至近距離で、あるいは距離をおいて戦っているが、傍目には何が飛び交っているのかすらわからない。無形の光の塊のようなもの、あるいは文字通り不可視の『何か』がそれぞれ飛び交っているのが、かろうじてわかるだけだ。
 ただ、一つわかることがある。
 それは、この戦いに普通の人間――たとえそれが歴戦の、地上最強の戦士だとしても――は、なす術なく殺されるだろう、ということだ。
 その意味では、すでにこの戦いに参加してる者は純粋な意味では人間ではないのかもしれない。
 戦いに参加しているのは九人。だが、そのうちの六人は表情が全くない。まるで、人間を捨てたことの証であるかのように。
「冗談じゃないぜ、まったく!」
 陣はニードルを十数本まとめて、一人に向けて放った。その速度は音速を遥かに超えている。だが。
 ニードルはあっさりと彼らの前に作られたのであろう『壁』に弾かれた。それはもはや、戦車砲はおろか艦砲すら防御できるほどの『力』である。
「ならば!」
 陣は一人を直接サイコキネシス念動力で掴もうとした。荒っぽいやり方だが、少なくとも念動力に限るなら、彼ら以上、という自信がある。
「くらいやがれ!」
 掴んだ、という感覚を確認し、陣はそのまま相手を壁に叩きつけようとする。そのまま握りつぶしたいところだが、周囲に念動で壁を張っているようだ。だが、壁ごと叩きつければ、少なくともその運動エネルギーでかなりダメージは与えられるはずだ。
 ところが。
「ぐっ!?」
 吹き飛ばされていたのは陣の方だった。かろうじて壁に激突する前にブレーキをかけたのだが、それでも全身がバラバラになったような衝撃がある。
「ば、馬鹿な……」
 まるですかされたような気がした。パワーでは勝っているはずなのに、なぜか圧倒されてしまう。それが、陣に焦りを感じさせていた。
「陣、大丈夫!?」
「大丈夫だ、それより、気をつけろ!」
 そうは言ったが、沙耶は不思議なほどダメージを受けていなかった。
 敵はニードルを使ってはおらず、ほとんどエネルギー弾――沙羅だけは使えるらしいが陣と沙耶は使い方が分からないのだが――や念動力による直接攻撃なのだが、なぜか沙耶はこれをことごとく回避しているようだった。直撃した、と思ってもなぜかギリギリで避けているのか、攻撃によるダメージはほぼ皆無だ。また、持ち前の反射神経と格闘術によって、逆に微弱だがダメージを与えている。不思議なことに、クロリアの特殊能力者達は、沙耶相手には全く攻撃の防御が出来ていなかった。どうやら格闘戦は不慣れのようだが、それにしても妙だ。
 一方沙羅は、その圧倒的な力によって、クロリアの特殊能力者を、むしろやや圧倒していた。月宮は互角、といったがどうやら沙羅の能力は敵が持つそれより強力らしい。ただ、陣や沙耶を庇いながら戦っているため、沙羅自身はダメージを受けていないが、敵にも決定的なダメージを与えられないでいた。
 ただ、倍する敵を相手にしてることを考えると、沙羅たちは非常に善戦しているといえた。

 一方、月宮は模擬戦闘空間(シミュレーションホール)の上にある計測監督室で、戦闘データの解析に目をやっていた。
「思ったより遥かに善戦するが……」
 思ったより、というより予想を遥かに越えている。
 戦闘前に、ここまで来るA08とSC01二人の能力と、SR01の能力をシミュレートした結果では、ここまで彼らが粘るという結果は出ていなかった。
「これほどとはな……ん?」
 戦闘結果のデータの中に、月宮は妙なデータを見つけた。それは、SC01に対する特殊能力の影響を示したものだが、それが完全にゼロを示している。要するにこれは、特殊能力の影響を全く受けてない、ということなのだが、あの限定された空間で、あれだけお互いに『力』を使っているのにそれは、ほとんど考えられない。あるとすれば。
「……SC01はもしかして無効化能力(ヴォイド)を使えるのか?」
「どうやらそのようです。信じられませんが……。おそらく、まだ意識してのことではないと思いますが、SC01には能力が無効化されるでしょう」
 無効化能力。理論的に存在する可能性がある、と父俊三の研究報告にあったもので、俊三は『ヴォイド』と名付けた。ありとあらゆる特殊能力を無効化する能力。対特殊能力者において、ほぼ無敵の能力といえる究極の防御能力である。また、特殊能力だけではなく、ありとあらゆるエネルギー、波動、さらには電撃等、物理的な、一定以上の質量をもった物体以外の全てを遮断することも可能、と言われているのだ。理論的には核爆弾による放射能すら防御できる、と言われている。
「素晴らしいな……。母親は転移能力(テレポーテーション)をもち、娘はヴォイドか。まさに最強だな」
 理論的には、特殊能力者相手にはほぼ負けることがない能力といえる。いや、それだけではない。SC01の能力は、すでに並の銃撃はもちろん、測定では戦車砲弾などでも防御できるほどだ。つまり、単独でほとんどの攻撃を防御する能力がある。
「これだけの力か……なおさら手に入れたいところだな。あの娘をコピーすれば、もはや我々は何も恐れるものはなくなる」
 それこそが、月宮の野望だった。
 特殊能力者による部隊を作り、その力を背景に世界を統一する。手始めにクロリアだが、これはもうほとんど手中にしたも同然だ。次は、対抗するいくつかの企業だが、軍隊では特殊能力者の前では、もはや無力である。SC01と同等の能力を持った特殊能力者の部隊が作れれば、もはや恐れるものなど何もありはしない。
 月宮がその夢想に一瞬ふけりかけた時、オペレーターが「そういえば」と続けた。
「最強といえばA08の念動力もすさまじいものがあります。あれに限ればSランクのどれよりも強力です。まだ使い方が未熟ですが、念動力の力の限界の解析においては、非常に適したサンプルであるといえます」
 オペレーターは平然とそう進言した。
 今この部屋にいる者達は、いずれも月宮とともに研究してきた者達であり、月宮の考えも狙いもよく知った、言わば腹心達である。ゆえに、他人や特殊能力者に対する見方も全く同じ。違うのは、ただ月宮という忠誠対象があるということだけだ。
「いずれも捕らえておきたい存在だな。まあ問題はないだろう」
「はい。すでにA08はかなりのダメージを蓄積させています。SR01、SC01はともにまだ無傷ですが、そう長くは持たないでしょう。ただ、確実を期すならばそろそろ終わらすべきかと。Sランクはまだ不安定であり、長時間の戦闘は避けるべきです。また、あそこはそう長く耐えられません。実際……」
 オペレーターはメインモニターの表示を切り替えた。
「ごらんの通り、シミュレーションホールの無効化力場(ヴォイドフィールド)はそろそろ限界です。もうあと数分かと。データは十分に取れましたので、これ以上の戦闘の継続は無用と考えます」
「……なるほど。すさまじいものだな……」
 通常の特殊能力者の戦闘訓練等では、このシミュレーションホールがダメージを受けることなど、ありはしない。だが、今見せられたデータは、あらゆる機器がすでに限界稼動に達していることを示している。それは、今戦っている者たちの力の巨大さを如実に物語っていた。
「ふむ……」
 月宮はしばらく考え込んでいたが、決断を下すまではそうかからなかった。
「そうだな。もうデータ収集も十分だろう。全員に装備の使用を許可すると伝達しろ」
「はっ」

「なんだ?」
 最初に異変に気が付いたのは陣だった。六人の動きが何か妙に感じたのだ。これまでもフォーメーションを組んで相互にカバーしあって隙のない攻撃をしてきていた。それが、少し変わったのだ。隙がないのは同じだが、何か狙いがある、と感じる。戦士としての本能が警鐘を鳴らすが、その危険の正体が分からない。
「沙耶、気をつけ……」
 とりあえず警告しようと思ったときには、すでに遅かった。
「きゃあああ!」
 響いたのは沙羅の声だった。空中でまるで縫い止められたように静止している。
「沙羅!」
 沙耶は慌てて沙羅の近くに行こうとしたが、光弾が立て続けに飛んできて、それを慌てて回避する。計算しているもので、その回避行動によって、沙耶と沙羅の距離は大きく開いてしまった。
「俺に任せろ!」
 陣が沙羅の近くまで飛ぶ。とにかく正体が分からないのではどうしようもない。さっきから念動力で助けようとしてるのだが、まるでそこに固定されているかのように、びくともしないのだ。
「一体どうなってやが……なに!?」
 がく、とまるで突然体が重くなったかと思うと、次の瞬間、陣もぴくりとも動けなくなっていた指先一つ動かすことが出来ない。意思どおり動かせるのは目と口だけ、という状態だ。
 陣も気が付いたら動けなくなっていた。
「お疲れ様。そろそろゲームも終わりにしようと思ってね。君達を捕らえているのは精神封縛網(サイコネット)というものでね。言ってしまえば特殊能力者を捕らえるための網だ。特殊能力者にしか効果はないがね。これに捕らえられたら、特殊能力者は四肢が麻痺し何もできなくなる」
 月宮の声だ。すでに勝者の余裕を感じさせる声である。
「くっ、こんなもの!!」
 よく見たら、六人がそれぞれ三人ずつ、沙羅と陣を囲むような位置にいて、手に小さな装置をもっている。おそらくそれで、サイコネットを起動しているのだろう。ならば、一つ破壊すれば、と思い、その装置を潰してしまおうとする。ところが。
「ぐあああああああ!!」
 まるで全身をばらばらに引き裂くような激痛が、陣に襲いかかったのだ。
「ああ、言い忘れた。サイコネットに捕らえられた状態で特殊能力を使おうとすると、すさまじい激痛が全身を襲う。しかも能力は絶対に発動しない。気をつけたまえ」
「先に……言いやがれ……」
「陣!!」
 沙耶は慌てて陣に駆け寄ろうとしたが、その前に敵が立ちふさがる。そしてそこに、月宮の冷酷な声が響いた。
「さて。残るは沙耶君一人。どうする?降伏しなければ二人の生命は保証できないが?」
「降伏すれば保証すると……言うの?」
「そうだな。生き続けることは保証しよう」
「…………」
 沙耶はとりあえず床に降りた。だが。
 月宮の取引は応じれるものではない。多分ここで捕まれば、自分達は一生彼の実験対象にされるだけだろう。体をいじられ、脳をいじられ、自我を破壊され。そんなことは、絶対に嫌だ。だけど、このままでは沙羅も陣も殺されてしまう。沙耶は、二人を失うことだけは絶対にしたくなかった。あとあるとすれば、以前のように脱出できる可能性だけだ。というより、もはやそれに賭けるしかない。あまりにも低い可能性だが、それしかない、と考え、沙耶が承知しようとしたとき、沙羅の声が聞こえた。
「沙耶。ごめんね。今まで黙っていて。はじめから分かってはいたの。あなたが私の娘だって事も。けれど言い出せなかった」
「沙羅、無事なの!?」
 沙羅は空中に縫い付けられたまま、目だけ沙耶の方に向けていた。その目には、涙が浮かんでいる。
「あなたには過去に関係なく生きて欲しかった。クロリアとも関係なく、力も関係なく、普通に一人の人間として、幸せに。けれど、だめね。結局こうなって。母親失格ね……。何もしてあげられなくて」
 沙耶はぶんぶんと頭を振った。
「そんなことない。沙羅がいなかったら、私、もうずっと昔に死んでいた。沙羅が私に生きる力をくれた。生きていくということそのものを教えてくれたもの。だから、沙羅は最初から……最初から私の、私の……」
 小さくて、ほとんど発音されなかったその言葉。だが、沙羅にはそれだけでとても嬉しかった。
「ありがとう、沙耶」
「くさい話はその辺で終わりにしてもらえないか?なかなかに感動的といえば感動的だが、私はあまり好きではないのでね」
 少し苛立ったような口調で、月宮の声が再びスピーカーから発せられた。沙羅は一瞬、ガラス越しの月宮を睨む。
「そうね……。じゃあ最後にしましょうか」
 沙羅はそういうとまた視線を沙耶に戻す。
「沙耶。あなたの力がなかなか目覚めなかったのは、あなたのせいじゃないの。本当は目覚めないで欲しかった。普通の女の子として、普通に幸せを掴んで欲しかった。けどこうなると、そんなことも言っていられないものね」
 言い終えると同時に沙羅の全身が発光した。
「な、何をする気だ。サイコネットに捕らえられたままそんなことをすればどうなるか、分からないわけではあるまい!」
 初めて月宮が狼狽していた。沙羅の輝きは強くなる一方である。だが沙耶は、何が起こるかの見当がついてしまった。いや、違う。何をしようとしているのか、分かってしまったのだ。それが、自分の中にある『何か』を解き放つためであることが。
「やめて沙羅!そんなことをしたら……!!」
「これが最期。母として、かどうかは怪しいけど、あなたにして上げられる最期のことだから。……沙耶。強く生きなさい」
「やめてぇ〜〜〜〜〜!!!」
 沙耶の絶叫を沙羅から溢れ出した光が包み込む。
 光はさらに強くなり、そしてその場にいる全員の視覚を奪った。
 全てが白で、そして闇の世界。その中で沙耶は、なぜか見たことのないはずの光景を見ていた。
 酷く苦しい、という感覚が感じられた。突然襲ってきた感覚が、周囲の全てを、初めて見るもののように知覚させる。白い天井と、壁。
 苦痛はさらに強くなっていくが、それがどういうものか、わからない。苦痛を感じている、とわかるが苦痛が直接感じられるわけではないのだ。そして、その苦痛が唐突に途切れた時、聞こえてきたのは赤ん坊の泣き声だった。
 再び白くなる視界。次にそれが晴れたとき、見えたのはどこかの病院の一室だった。いくつも並ぶ新生児のケース。そのうちの一つに『SC01』と付けられたケースがあった。中では一人の女の子の赤ん坊が泣いている。その手前で涙を浮かべているのは、子供の自分。いや、違う。沙羅だ。
「ごめんね、お母さん無力で」
 そう唇が動いている。まだ十歳程度のはずなのに、もう沙羅は母親でもあったのだ。
 再び視界が白い闇に覆われ、そして光景が変わる。
 雨の降りしきるスラム。目の前にいるのは倒れている沙耶だ。では見ているのは沙羅なのだろうか。ひどく消耗している沙耶を必死に看病する沙羅。そこには、ただひたすら自分の娘の回復を願う「母」の姿があった。
 どれだけ名乗り出たかったのだろう。どれだけ「お母さん」と言ってもらいたかったのだろう。娘につけるつもりだった、という『沙耶』という名。そう。この名前は始めから、沙耶につけられるべく用意された名前だったのだ。でも沙耶がクロリアと、過去と関わらないですむようにするために、沙羅は名乗り出なかったのだ。言い出してしまえば、それは必然、クロリアへと繋がってしまう。それを避けたかったのだ。
 本来なら、一緒に住むことすら避けるべきだったのだろう。何度も家を出て行こうと悩んでいる沙羅。だが、結局出て行くことは出来なかった。全ては、沙耶を想うがゆえに。
「沙耶……」
 気が付くと、目の前に沙羅が立っていた。
「沙羅……お母さん……」
「お母さん、って呼んでくれるんだ。ありがとう。沙耶」
「だって私にとっては、沙羅は最初からずっとお母さんで、先生で、そして私の目標だったもの。誰よりも大好きな、誰よりも大事な……」
 涙が止まらない。ただ悲しくて、沙耶は沙羅に抱きついていた。暖かいぬくもりの中に、自分を想ってくれる気持ちを強く感じることが出来た。
「嬉しいな。でもごめんなさい。せっかく『お母さん』って呼んでくれたのに、私はもう……。ああ、そうだ。最期に一つだけ。月宮は沙耶もまた作られた、と言ったけど……それは少し違うわ。貴女を産んだのは、間違いなくこの私。私を母体とすることで、より強力な力を、と考えたのでしょうね。安定した段階で受胎させたの。けど、皮肉にもその時の産みの苦しみが、私に自我を取り戻させた……だから、私が私でいられたのは、貴女のおかげなのよ、沙耶。お礼を言うのは、実は私の方」
 そういって、沙羅はにっこりと笑う。
「そのおかげで、私は今日まで生きてこれた。そして、諦めていた貴女にも逢えた。正直、びっくりしたわ。沙耶が逃げ出せるよう暗示をかけていったけど、でもそれで、私のところにくるなんて。でも、とても嬉しかった。貴女と私の間に、絆みたいなものがあったのかなって」
 沙耶は泣きながら、小さく頷く。
「でも、これまで。そしてこれが、親としての最期のお願い。生きて、沙耶。私の分も。そして精一杯幸せになりなさい」
「やだ!沙羅も、お母さんも一緒じゃないと、やだ!」
 すると沙羅は困ったような顔になった。しかし、どこか嬉しそうでもある。
「子供に我が侭言ってもらえるのも、なんか嬉しいな。けど聞き分けなさい。もう、子供じゃないんだから。それに、あなたを支えてくれる人は私一人じゃないでしょう?」
 沙羅の姿が急速に霞んでいく。まるで光に溶け込むように。
「待って、お母さん。行かないで。私は……」
「私はいつでもあなたを見守っているわ。だから沙耶は強く生きて。約束よ……」
「お母さん!!」
 伸ばされた手は虚空を掴んだだけだった。気が付くと、周りは元の空間だ。違うことといえば、沙羅と陣、それにクロリアの特殊能力者達が床に落ちて倒れていることだ。
「う……一体……」
 陣が頭を抑えながら立ち上がろうとしている。敵も状況を回復したらしい。再び動き出そうとしていた。

「く、一体何をやったんだ、やつは」
 ようやく視力の回復した月宮は、もう一度三人の捕縛を命じようとしたところで、計測器の数値を見て凍りついた。SC01、つまり沙耶の特殊能力の強さを示す数値が、計測不能である無限大を示している。
「ば、馬鹿な。これは一体……」

「陣さん。立てますか?」
 その沙耶の声に、陣は一瞬驚いた。これまでの沙耶とは違う、不思議な『強さ』を感じたのだ。
「ああ、とりあえず……」
 言いかけて陣は、自分のそばに倒れている沙羅に気がついた。慌てて駆け寄るが、その状態はすぐに分かった。
 死んでいる。呼吸もしておらず、心臓の鼓動もない。だが、その顔は不思議なほど穏やかな笑みに満たされていた。
「沙羅を頼みます」
 その言葉と同時に、壁に大穴があいた。その穴はまっすぐ外まで伸びている。
「そこから脱出してください。私もすぐに行きます」
 その沙耶には、反論を許さない圧倒的な何かを感じることができた。
「……分かった。この人の家で待っている」
 沙耶はそれに、小さく頷いた。
 陣は沙羅を抱えて外に出る。死んだ人間の体というのは、異様に重く感じるものだ、と聞いていたが、沙羅の体は不思議なくらい軽かった。

「か、考えられません。SC01の能力値は、すでに計測不能です!」
「分かっている!!」
 月宮としては、そんな意味のない報告を聞かされること自体今は腹が立った。
 この機械で計測不能ということは、少なくともSランクのあの六人の能力の数百倍以上ということになる。常識では考えられない。理論的には、核兵器のエネルギーをも遥かに凌駕するほどのエネルギーを放出可能、とういことになるのだ。いまの状況で、というより何をどうやってもどうにかできる相手ではない。
「サイコネットだ。あれで捕縛しろ!」
 それは命令というより絶叫である。だが、すぐにまったく効果がないという報告がもたらされた。ヴォイドを持つ沙耶に、そんなものが通用するはずがないのだが、この時月宮は動転していて、そんなことは完全に忘れ去っていた。
 そして。
 ピシ、という何かにヒビが入る音を、彼らは確かに聞いた。
 それが彼らの運命だったのか、あるいは物理的に何かにヒビが入ったものなのか、それを判断する時間は、今の彼らに与えられることはなかった。

「私は……」
 閉じられていた沙耶の双眸がゆっくりと開かれ、そして月宮の方を睨む。
「私は、あなたたちを許すことはできない」
 沙耶のその言葉と共に、圧倒的な力が沙耶から放出される。
 その時。
 ランドマークタワー全体が、悲鳴をあげて震動した。




決戦3  エピローグ

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